決断こそが経営者の仕事である

決断こそが経営者の仕事だと思っています。なかでも(1)会社の方向を決める、(2)優先順位を決める、(3)経営資源の再配分を行う――これらは経営者が行うべき最も重要な決断です。多くの場合、痛みや苦労が伴います。ときには恨みを買うこともあるかもしれません。

日本交通社長 知識賢治氏

私は41歳でカネボウから分社化したカネボウ化粧品の社長に就任しました。当時のカネボウは産業再生機構の支援下にあり、非常事態における異例の人事でした。それを受けた私は、自分より年上の社員も大勢いる中で、ブランド数を3分の1に減らしたり、エリア別から流通別へと営業組織を再編したりと、従来のやり方を大きく変える改革に取り組みました。人生の中で最もプレッシャーを伴う決断の連続でした。

その後、テイクアンドギヴ・ニーズの社長、現在は日本交通で社長を務めていますが、経営者として決断をする際の心構えや作法は、カネボウ化粧品時代に苦しみながら身につけたものだといっていいと思います。以下、そのことをお話しします。

私が大きな決断を行う際に心がけていることの第1は「一人きりの時間をつくる」ということです。大きな決断には一人きりで考える時間が不可欠です。私の場合は週末に自室で自分一人になる時間をつくり、家族が寝静まった深夜に抱えている問題について考えるようにしています。

第2は「寝ても覚めても、そのことが頭から離れない状況になるまで自分を追い込む」こと。カネボウ時代、悩み苦しんだ末に決断を下すことを繰り返すうちに、いつしか「こうした苦しい葛藤こそ、実は大きな決断を行ううえでの必要条件ではないか」と感じるようになりました。

代償が伴わない決断は、何かが欠落している

いまでは経営者としての経験を積み、かつてほどは悩まずに問題の答えが見えてくるようになりました。しかしそれでも「いや、だめだ。もっと考えろ」とあえて自分を追い込み、「もう1度」「もう1度」と問題から目をそらさずに考え続けることを自らに課しています。

多くの場合、繰り返し考えても結論は変わりません。それでもそんなふうに自分を追い込むのは、苦しみ、悩みという精神的、肉体的代償が伴わない決断は、何か大切なものが欠落しているように感じるからです。

経営者のひとつの決断によって、苦労や痛みを負う人たちがいる。私は経営者が決定を下すまでに悩み苦しむことは、そうした人々に対する誠実さの証しであり、礼儀、仁義ではないかと思っています。

第3は「自分で自分の背中を押す場所を選ぶ」ということです。

大きな決断には、考えに考え抜いて出した結論に対して、「よし、これでいいんだ」と自分の迷いにピリオドを打つ瞬間があります。そんなとき、私は自分の心が落ち着く場所に赴きます。それはたとえば会社の社員が働く現場であったり、ときには青春時代を過ごした母校(兵庫県立神戸高校)の校舎やグラウンドであったりしました。