サラリーマンが会社で主体性を発揮することは難しい。組織内では分業制で働くので、どうしても上司などにお任せすることになりがちで、空気も読まなければならない。結果として受け身の姿勢にならざるをえないのだ。しかし、定年を迎えて会社員というIDを失ってしまうと、今度は自分という存在を押し出す必要がある。主体的な姿勢がなければ、働く意味や生きる意味を感じ取ることはできないからだ。

定年後の人生への移行でつまずく人の多くは、在職中の人生の大半を会社員という唯一のマインドで生きてきた人たちだ。一方で、在職中から、サラリーマン以外の“もう一人の自分”を準備しておけば、退職したあとの戸惑いは少なくてすむ。会社の仕事一本で幸せな人生をまっとうできたのは、もはや過去の話なのである。

会社にある「資源」を活用しよう

サラリーマンを辞めて自分のめざす道へと転身した人たちがいる。そば屋を開業、社会保険労務士で独立、ボランティア活動に取り組むなどなど。私が取材した彼らは、ゴールを自らの意志で積極的に早め、会社員というIDに頼らない道を60歳になる前から歩みはじめている。また、同じ会社で長期間勤めながら、50代以降になってもイキイキと仕事を続けて、定年後の展望を明確にもっている人たちもいる。

楠木 新『会社に使われる人 会社を使う人』(角川新書)

転身後や定年後を“いい顔”で過ごしている人の大半は例外なく、サラリーマンをやりながら、“もう一人の自分”をつくってきた人たちだ。もっと踏み込んだ言い方をすれば、サラリーマンという立場を活用し、会社の資源を存分に使って主体性を育んだ人が多い。

いわずもがなだが、会社の資源を使うといっても、お金を着服したり、会社の情報を利用してサイドビジネスを始めたりすることではない。それでは、“もう一人の自分”をもつ前に人生をしくじってしまう。会社には定年後の人生を豊かにしてくれる資源が山のようにある。

そのポイントは、「多くの人に出会えること」「会社の仕事が社会とつながっていること」だ。『会社に使われる人 会社を使う人』(角川新書)には、その具体的な内容を書いている。