人の気配が漂う醸造所

さて、ヤッホーの醸造所内はそれぞれの工程に合わせて、別の区画になっている。特にパッケージングの区画は雑菌が入るのを嫌うので、ほぼ密閉されている。限られたスタッフしか入ることができない。

わたしは大手メーカーのブルワリーもいくつか見学したことがあるが、大手は、とにかく巨大だ。たとえばアサヒビールは8つの工場を持っているけれど、そのうちひとつの平均的な生産量は50mプールで4個分。大びん(63ml)換算で370万本。同じ種類のラガーを大量に造り、設備はほぼ自動だ。スイッチを入れれば、あとは機械がやってくれる。クリーンで静謐で、現場で働く人の姿も多くはない。

佐久醸造所は長野県佐久市にある(写真=ヤッホーブルーイング提供)

一方、ヤッホーは10klの仕込み釜で2万5000缶(缶350ml)しかできない。平均の仕込み回数は1日に2回。生産規模で言えば100倍以上は違う。

規模が小さいから、人の気配が漂う。どこの工程でも必ず誰かが手作業で機械を操作している。品質検査の部屋では真剣に検査やテイスティングをしている。また、何種類もの製品をひとつの設備で造らないといけないから、設備の洗浄時には時間と手間がかかる。

自然のなかで働き、遊ぶことができる

ある日、仕込み槽で「水曜日のネコ」(ホワイトエール。しかし、このネーミングは何だ?)というビールを準備したら、翌日は「インドの青鬼」(苦みのあるIPAビール)を仕込むといったことが往々にしてある。前日のエールの味わいがタンクに残るといけないから、つねにタンクを徹底して清掃しなくてはならない。人手が必要な醸造所なのである。

ただし、せかせかと働いているといった印象ではない。

醸造ユニットディレクター(責任者)の森田正文は笑いながら言った。

「ここは田舎ですから、のんびりしてますよね。みんな、佐久市や軽井沢町に暮らしていて、仕事が終わったら、それこそ森のなかで遊んで、ビールを飲んでという毎日ですから」

従業員が自然のなかで働き、また、遊ぶことができるというのがヤッホーブルーイング佐久醸造所の最大の特徴だろう。ビールだって、従業員ならば社員価格で飲める。都会ならではの通勤ストレスはまったくないし、席はフリーアドレスでゆったりとしているから、寝不足でいらいらした同僚が横で怒っている姿を見ることもない。天然の空気を吸っているから精神は安定している。