国の中部にある人口1000万人の都市・武漢。そこには「中国共産党テーマパーク」と呼ばれる奇妙な公園がある。敷地全体に中国共産党や習近平政権を賛美するオブジェが乱立しているのだ。現地を訪ねたルポライターの安田峰俊氏は「いま中国では子供の利用する施設が、政治宣伝の標的にされつつある」と指摘する――。

※本稿は、安田峰俊『さいはての中国』(小学館新書)の一部を再編集したものです。

閑静な住宅街に横たわる「政治」

湖広熟すれば天下足る、という。

長江中流域の湖北省や湖南省には肥沃な土地が広がり、ここでコメを作っていれば天下の需要をも満たせる――。という例え話だ。

水が豊かなこれらの土地の湖沼は、都市化のなかで公園に作り変えられた例も多い。湖北省武漢市内にある南湖幸福湾水上公園も、そんな場所のひとつだ。あたりは閑静な住宅街。公園で息子と遊ぶ父親、ベビーカーを押す母親、四方山話に花を咲かせる老婆たち――、と絵に描いたような幸福な日常が広がっている。

だが、ここは他の公園とはひとつ大きく異なる部分がある。敷地の全体に、中国共産党や習近平政権を賛美する立て看板やオブジェが溢れているのだ。生々しい「政治」が市民の暮らしに完全に溶け込む様子は、言い知れぬ不調和を強く感じさせた。

2015年9月28日、この南湖幸福湾水上公園は「共産党人」をテーマとした敷地面積30万平方m(東京ドーム6.4個分)の広大な主題公園(コンセプト公園)に生まれ変わった。一部では「中国共産党テーマパーク」だと報じられたが、普通の公園に「共産党っぽい」さまざまなオブジェが据え付けられた施設と言ったほうが正確だろう。もちろん入場は無料だ。

「共産党公園」をツアーしてみた

北側の入口から順を追って、共産党公園をツアーしてみよう。

まず、入ってすぐに大量の中国国旗と、地元である湖北省や武漢市出身者である往年の人民解放軍幹部や党幹部の解説パネルがお出迎え。さらに湖畔を囲む1.5km程度の遊歩道には、東方向に中国共産党の結党から現在にいたるまでの党史を解説する23枚の立て看板、西方向に党の「英雄」29人の彫像がずらりと並ぶ。党史の看板は中国の伝統的な切り絵を現代アート風にアレンジした小洒落たもので、習政権の功績を讃える内容も多い。

そして公園の東端には、習近平が熱心に宣伝しているイデオロギーである「社会主義核心価値観」の12個の標語をかたどった立方体のオブジェがどっしりと鎮座している。

のどかな公園には不似合いなことに、オブジェの周囲には数人の警備員が常駐している。私はカメラを構えたところを見つかってしまい、早々に退散した。

南湖幸福湾水上公園に設置されていたアニメ人形調の紅軍兵士(撮影=安田峰俊)

「共産党人」アピールが最も濃厚なのは公園の南側だ。マルクスの『共産党宣言』の書籍をかたどった大理石があるスペースは、入党の宣誓式会場を模したものである。すぐ近くにある児童アニメ調にデフォルメされた人民解放軍兵士の巨大な人形4体は、親子連れやカップルの間での格好の撮影スポット――、にしたくて設置したのであろう。植え込みには抗日戦争(日中戦争)の勝利を祝う標語が掲げられている。

長征(1930年代に国民党軍に追われた紅軍の大移動)の経路がでかでかと床に描かれた広場では、地域の子どもたちが一心不乱に鬼ごっこに興じていた。

幼児をあやしていた30代くらいの母親に、感想を聞いてみる。

「私は政治に関心はないです。でも、息子が公園で遊ぶことで国家の歴史を勉強できるのは、よいことだと思う」