また、厳密には「デジタル・マーケティング」と「パーソナライゼーション」は違うものだと言う。

「デジタル・マーケティングとは、顧客と接点を持たないケースにおいて、非常に高度なカスタマイズされたマーケティングを行うことを指します。例えば、小売店などを介して商品を販売している消費財のメーカーが、SNSを使って一種のコミュニティを形成し、そのコミュニティを通じて匿名性の高い顧客にアプローチすることなどが、それに該当します。

一方で、ホテルや航空会社、レストランなど顧客との接点を持ち、すでに濃密な関係性を築いている企業が、その関係性を最大限に活かしながら、つながりをより深めてサービスを最適化しようとするのが『パーソナライゼーション』だと言えます」(ハッチンソン氏)。

パーソナライゼーションは、個人の興味や嗜好、行動パターンに加え、その時々の天候や気温にも臨機応変に対応した、リアルタイムの最適化を目的としている。とはいえ、「これを実践できている企業はまだ、そう多くない」と、ハッチンソン氏は指摘する。

実践企業の大半は、もともと電子商取引(Eコマース)をやっていて、オンラインで成長してきた会社だ。「だからこそ反対に、リアル店舗を中心に発達してきた企業が乗り出せば、チャンスは大きく膨らむ」と同氏は続ける。

「われわれの比較調査では、もともとデジタル・ネイティブではない企業がパーソナライゼーションに乗り出した場合、売り上げが6~10%伸びています。ただし、企業ごとの差も非常に激しい。従来のマーケティング手法を使った場合、企業のROI(return on investment、投資した資本に対して得られた利益)は85%から120%の間に収まっていますが、デジタル・マーケティングあるいはパーソナライゼーションに関して言うと、ROIがゼロ%から800%とブレが大きいのも特徴です」(ハッチンソン氏)。

この結果は、多くの企業がデジタルをうまく活用することができず、リターンがゼロでお金を無駄にしてしまっている一方で、成功している企業は従来のマーケティングよりも、はるかに高い成果を得ていることを意味している。

ミルクシェークが好きなお客に何をすすめるべきか

では、具体的にどんな場面でパーソナライゼーションは力を発揮できるのだろうか。ハッチンソン氏によれば、次のようなケースが考えられるという。

「仮にある飲食店が、お客を店舗に呼び込むためにプロモーションをかけるとしましょう。その際、食事を注文したお客にサービスとしてミルクシェークを提供するとします。これだと、いつもミルクシェークを注文してくれる客にも、そうではないお客にも、同じ商品をすすめすることになってしまい、得策とは言えません」。

いつもミルクシェークを買ってくれる顧客に、なじみの商品をプロモーションしても心に響かないばかりか、企業としては、かけたプロモーションのコストがその分、無駄になってしまうからだ。いつもミルクシェークを注文してくれる顧客には、むしろ、ヘルシーなサイドメニューをプロモーションした方が心に響くかもしれないし、新規の購買に結びつく可能性は高くなる。また、こんなケースも考えられる。

「5月か、6月のある日のこと、いつもなら晴れているはずなのに、たまたま雨が降り、気温が下がってしまいました。この場合、ミルクシェークではなく、もっと温かい飲み物を提供した方が喜ばれるかもしれません。しかも、今日では、そのような予測や判断は人間ではなく、AI(人工知能)が行うことが可能になっているのです」(ハッチンソン氏)。