だからといって、死ぬかもしれない選択をすることは理解できないといぶかしがる人もいるはずです。そういう疑問を持たれるのもわかります。

私にしても、わざわざ死地に足を踏み込みたいとは思っていませんでした。それにもかかわらず行くことを決めたのは、「実際はそれほど危険な目に遭うこともないままに任務が終わるのではないか」いう考えがどこかにあったからだともいえます。

アフガニスタンに行けば、100パーセント、戦闘に参加することになり、自分が死ぬことになるとわかっていたとすれば、アフガニスタンに行く選択はしませんでした。

そうなる可能性はあっても、そうならないかもしれない。そういう精神的な逃げ道があったからこそ、踏ん切りがつけられた気がします。

こうして振り返ろうとしても明確な答えは出しにくいところです。さまざまな思いと不安に揺れ動きながらも、どうなるかはわからない、という部分で自分の気持ちを折り合わせていた気がします。

親には「医療支援に行く」と嘘をついた

アフガニスタンに行くということは家族には電話で伝えました。

命の危険がないわけではないので、アフガニスタンに行くことは伝えておくべきだと思っていました。それでも、必要以上に心配をかけたくもありませんでした。そのため「大きな基地の中にある診療所に医療支援で行くだけなので危険はない」と話しておいたのです。

親はアフガニスタンと聞いただけでも驚いていました。そんな反応は最初から予測していたので、あらかじめそういう嘘をつこうと決めていたのです。

出発が数週間後に近づいてきた頃、あらためて死について考えて、怖くなってもきていました。

その頃には遺書を書いておこうとも考えました。法的な意味での遺書ということではなく、最後の手紙のようなものです。送る相手はそれなりの人数、思いつきました。