しかし、今年の春闘はやや期待はずれの結果となった。というのも、日本経済新聞社がまとめた2018年の賃金動向調査(一次集計:4月3日時点)によれば、平均の賃上げ率は2.41%と1998年以来20年ぶりの高い水準になったものの、政府の目指す3%には達していない。また、過去の賃上げ率実績と連動性の高い毎月勤労統計の所定内給与(一般)によれば、賃上げ率が2.6%台だった1998年度の所定内給与の上昇率は+0.8%にとどまっている。背景には、春闘賃上げ率は定期昇給を含んでいることがあり、労働市場の平均賃金上昇率に直接影響を与えるのは、定期昇給を除いたベースアップ分になるからである。そうなると、過去の春闘賃上げ率と一般労働者の所定内給与の関係に基づけば、今年の名目賃金(=所定内給与)は+1%程度上昇すれば御の字といった状況だろう(図3)。

つまり、今年の消費者物価上昇率が+1%程度の範囲内に収まれば、昨年2年ぶりに減少に転じた実質賃金は今年上昇に転じることになる。しかし、タイミングの悪いことに、昨年の夏から足元にかけて原油価格の上昇が続いており、さらに天候不順の影響で生鮮野菜も高騰した。このため、直近となる2018年1~3月期の名目賃金は前年比で+1.4%の増加となったが、名目賃金を実質化する際に用いられる消費者物価指数(帰属家賃を除く総合)の上昇率がそれを上回る同+1.6%に達したため、実質賃金は同▲0.2%まで下落していることになる(図4)。

過去の春闘賃上げ率と名目賃金の関係を見ると、少なくとも名目賃金が前年比+1%程度伸びるためには、春闘賃上げ率が2.6%近くまで到達しないと困難といえる。しかし、先の通り今年の春闘賃上げ率が最終的には2.4%程度に落ち着く可能性が高い。そうなると、恐らく今年も2年連続で実質賃金がマイナスになる可能性が高いだろう。従って、実質賃金がマイナスの状況が続く中では、年内に政府が脱デフレ宣言することは困難と言えよう。

となれば、日銀が早期に金融政策の出口に向かうことは困難となろう。また、政府も来年10月に予定されている消費税率の引き上げを年内に最終決断するに当たり、大きなハードルとなることが予想される。

実質賃金をプラスに持っていくには

そもそもマクロ経済学上には「完全雇用」という概念があり、経済全体で働く意思があるのに就業できない非自発的な失業者が存在しない状態を示すとされている。そして、その状態における失業率を下回ると賃金上昇率が加速するということで「完全雇用失業率」と呼ばれている。したがって、我が国でも、非自発的失業者が存在しない失業率の水準が完全雇用失業率の目安となる。

そこで、総務省「労働力調査」を用いて非自発的離職が存在しない場合の失業率を求めると、2010年頃までは3%程度で安定していたが、直近2018年4月時点では1.9%まで下がっている(図5)。したがって、完全雇用失業率の水準自体がここ7年で1%以上下がっており、賃金上昇率が加速するまで労働需給がひっ迫していない可能性が指摘できる。背景には、団塊世代が労働市場から大量に退出したこと等により、構造的に非労働力人口が増えたこと等がある。いずれにしても、非自発的な離職者が多数存在しているということは、まだ労働供給の余地があることを示している。これが、失業率が下がっても賃金が上がりにくい理由の一つである。

したがって、実質賃金をプラスに持っていくには、まず低下している完全雇用(非自発的離職者がいない)失業率水準にさらに近づけるべく、金融・財政政策の強化が必要となろう。失業率が完全雇用失業率に近づき、さらにそれを下回るにつれ、賃金の上昇率も高まってくるだろう。