知識は半年寝かせよ――MBA取得者が心がけること
MBA取得者は、上述のような経験を積んでいるはずだ。しかし、それだけでは、実務においての成功は保証されないばかりか、MBAに対して否定的な人たちが指摘するような問題を引き起こすことが多い。そのようにならないために心がけるべき点が二つある。
まず、第一は、学んだことをすぐに実務に活用しようとしないことである。学習を通じて多くの気づきを得たり、新しい手法や分析方法が自社にとって有効であると感じたりすることも多いだろう。しかし、即座の行動や提言を行うと、「大学院に通い出してから、自社の問題点を次々と指摘し、それを解決しようとし始める」という印象を与えてしまう。そう思われてしまうと、指摘した問題は的確であり、新しい取り組みに可能性がある場合にも、社内に拒否反応が広がってしまい、結局は、失敗に終わってしまう。
大切なのは、得た知識は、最低でも半年は「寝かせておく」ことである。熱病から覚めた後には、ごくわずかしか知恵は生き残らない。寝かせた後の生き残りこそが取り組まなければならない課題であり、有用な手法や分析方法なのだ。企業変革は、一気には進まないのだから、半年寝かせることには大きな問題はない。
第二は、知らぬうちに時間の活用が上手になることから生じる問題である。自分の業務を100%こなす上に、大学院での学習も行わないといけないので、頭の回転が速くなる。「脳活(脳の活用)」が進むと、上司、同僚、部下たちが鈍重に思えてくる。このような状態のことを大学院では「ターボのかかった状態」という。MBA取得者は、周りがスローモーであることにいら立ちを感じるようになるだろう。しかし、自分のペースを周りの押し付けると、自分が組織の中で浮いてしまう。周辺がスピードを上げられるような働きかけを、徐々に地道に進める必要がある。
働き盛りの社員を選抜――派遣元企業が留意すべきこと
経営系大学院を自社のマネジメント教育の一環として位置づけている企業では、社内選抜を行い、社員を派遣している。派遣に当たっては、次のような配慮が必要である。
第一は、会社で一番忙しい働き盛りの社員を選抜することである。年齢的には、実務経験が少なくても10年あり、かつ、将来が嘱望されている30歳前半から40歳半ばまでの人物である。つまり、仕事に全力を投入してほしい人たちである。しかし、彼らをより大きく成長されるためには、仕事で追い込むだけでは十分でなく、仕事に加えて学習の面でも極限までの能力開発を行わせることが不可欠である。このような環境下で優れた成績を経営系大学院であげている人物は、ほぼ例外なく、企業での業務でも驚くほどの成果をあげているのである。
第二は、派遣に当たって、自社の課題解決を派遣者に託さないことである。たった数年、経営系大学院に通うことで、積年の経営課題を解決できるはずはない。それにもかかわらず、そのような課題の解決を派遣者に期待する傾向がある。そうでなくても、派遣者は、課題解決をしないといけないと考える傾向がある。人材開発・能力開発の一環としてマネジメント教育を位置づけるのであれば、目前の問題解決を期待してはならない。
第三は、派遣者の能力開発に加えて、もう一つのミッションを与えると良い。それは、同級生の中から、自社の発展に貢献すると思われる人材の発見と獲得という目標を与えることである。長期に亘って、ともに学習し、懇親を深めることで、同級生の中で誰が優秀なのかは自然にわかってくる。同僚になることができれば、大きな戦力になる人材を発掘することができる。ヘッドハンティング会社からの紹介や通常の中途採用よりも確実に、かつ、追加的な費用なしで優れた人材を得ることができるのである。ただ、留意点が一つある。それは、転職希望者ではなく、現在勤務している企業で将来を嘱望されており、転職意思のない人材に転職を働きかけることである。
日本企業は、「クラフト(=経験)」と「アート(=直感)」に偏りすぎている。このような状況を打破するためには、マネジメント教育に、適度に「サイエンス(=分析)」の要素を組み込むことが必要である。何も、経営系大学院に社員を派遣することを推奨しているのではない。自社のマネジメント教育を再検討する上で、経営系大学院の長所を理解してほしいのである。
同志社大学大学院ビジネス研究科教授
神戸大学名誉教授、博士(経営学)。1953年8月兵庫県生まれ、78年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)、99年神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年同大学院経営学研究科研究科長(経営学部長)を経て12年から現職。専門は管理会計、コストマネジメント、管理システム。ノースカロライナ大学、コロラド大学、オックスフォード大学など海外の多くの大学にて客員研究員として研究に従事。