――ルール?
「例えば、子供が熱を出した時は会議を代わってもらう。書類を家まで持ってきてもらう。2、3日、会社に行かずに家で仕事をするとか。私がやることで『そういうものなんだ』ということになるわけです。会社の人たちも本当に協力してくれました。中には眉をひそめていた人もいるかもしれませんが、それは知ったこっちゃないです。要するに、図々しかったんですね」
南村さんは口調こそ物静かだが、断固たる意志を貫く人のようである。
「その点、逆に今のほうが厳しいんじゃないでしょうか。私の時は私ひとりだから、好き勝手、好き放題じゃないですか。今は産休も育休制度もきちんとできているので、その中で人と比較される。働きぶりを比べられちゃうんで、むしろ大変だと思いますね」
「会社に行く」という気持ちだけでストレスになる
彼女が最初に「定年」を意識したのは、48歳の時。娘さんが大学受験に失敗したことがきっかけだったという。予備校やその後の学費、夫と自分の収入、生活費、貯金、年金などの計算表をエクセルで作成。娘さんは翌年には大学に合格し、卒業後は仕事に就いて結婚したので、試算上は60歳で会社を辞めても「問題なし」という結論に至ったらしい。
「それにもう体力がもちません。50歳を過ぎてからホルモンの関係からか、とにかく疲れがとれない。膨大な書類をチェックするので腱鞘(けんしょう)炎にもなるし、目もくたびれる。パソコンのマウスを持っている右のほうに体が傾いてしまい、左右のバランスも悪くなる。歩いていると知らないうちに壁にぶつかったりしたんです。
毎週鍼灸院に通って治療していたんですが、治療しても1週間も経たないうちに元に戻っちゃう。それと『会社に行く』という気持ち、それだけで実は相当のストレスになるんです。納期のこと、何日の何時までに何をしなくちゃいけない、と同時に4つ5つのことを考えますから神経がピリピリする。それに……」
彼女は堰を切ったように語り続けた。これまで理由がないから辞めなかったが、今度は理由があるから辞める。辞める理由は存分にあるのだ。
やりたいことを30個書き出し、マッピング
――それで、辞めてどうされたんですか?
私がたずねると、彼女ははにかんだ。
「まず、やりたいことを30個、書き出しました」
――30個もあるんですか?
「20個まではサクサク出てきました。あとの10個はひねり出す感じですね」
――それで30個に?
「はい。どうしても30にしたかったんです」