こんな実験がある。被験者を3つのグループに分け、マグカップとチョコレートを用意した。

1番目のグループにどちらかを自由に選ばせたところ、マグカップもチョコレートも同程度の人数だった。2番目のグループには最初にマグカップを与えた後、自由にチョコレートと交換してもいいと伝えた。

1番目のグループの結果を踏まえれば、約半数の被験者がチョコレートとの交換を望むことが予想される。ところが、実際にマグカップをチョコレートと交換したのは11%にすぎなかった。

3番目のグループは、最初にチョコレートを与えて自由にマグカップと交換させたが、これも交換した人は10%(Knetsch1989年)。被験者たちは、ひとたび入手したものを手放すことは大きな損失であると感じ、交換に踏み切らなかったのだ。

昨今、百貨店や家電量販店でしばしば見かける下取りセールの風景。下取りという手法も、保有効果をいくぶんかは和らげる妙手なのかもしれない。

昨今、百貨店や家電量販店でしばしば見かける下取りセールの風景。下取りという手法も、保有効果をいくぶんかは和らげる妙手なのかもしれない。

人間は、現状を維持したいと願うマインドを持っている。住み慣れた町から引っ越すことに抵抗を感じる人は多いし、たとえ使えなくなっても、愛着のあるものはなんとなく捨てにくいものだ。この心理は商品購入のときも同じ。最後の瞬間に新製品購入を躊た めら躇うのも、現状維持バイアスが作用していると考えられる。

では、消費者がすでに手に入れたものに対して抱く価値は、どの程度か。次の実験も面白い。

被験者を2つに分け、1番目のグループにマグカップを渡した後、いくらなら売るのかと質問した。2番目のグループには何も渡さず、マグカップを買ってもいい金額を質問。同じマグカップを使っているので、本来はどちらのグループも似た金額が提示されるはずだ。

しかし、売ってもいいと答えた人の平均価格は7ドル12セントであるのに対し、買ってもいいと答えた人の平均価格は3ドル12セントだった(Kahneman,Knetsch,and Thaler 90年)。つまり消費者は、いったん入手したものの価値を最初に買うときの価値の倍以上に見積もっているわけだ。

これを行動経済学では「保有効果」と呼び、買い手は自分が手に入れた製品やサービスの価値を約3倍に過大評価するといわれている。

すでに所有する製品が3倍も過大評価されるなら、「機能が少し追加された」「不満点がやや改良された」程度の新製品が選ばれない理由もよくわかる。プリウスを注文したユーザーも、いま所有する自動車より3倍の価値をプリウスに認めたからこそ、乗り換えを決めたのである。

※すべて雑誌掲載当時

(構成=村上 敬)