行政の監視と食の信頼

「消費者が必要とする情報をわかりやすく伝える」ことは、事業者の責務であり、食品への表示は有効な情報伝達手段である。その場合の食品表示は、事業者と消費者の約束であり、表示された内容は適切で正確であることが絶対条件となる。そのためには、事業者の努力とともに行政による適切な指導や監視も不可欠である。

加工食品には、「食品表示法」により、名称、使用原材料、内容量、賞味(消費)期限、保存方法、製造(販売)者、アレルギー情報、原料原産地、栄養成分等、様々な表示が求められているが、行政による監視は、これらの表示が商品にルール通りに記載されているか、記載されている表示がその商品の情報として正しいものかを確認することになる。

商品への表示の有無は目視で確認ができるが、情報として表示内容の真正を確認するためには、仕入れにかかわる記録、さらには仕入れ先ルートを遡及しての調査を必要とするなど簡単ではない。

現行のルールにおいても、食品表示法違反として産地の偽装を断定するためには、行政職員の立入り検査とともに科学的な産地判別技術も活用するなど、相当の労力と時間を必要としている。

米の産地調査でも4カ月半かかった

今年2月、ある週刊経済誌がJA系の米卸業者が国産銘柄米に中国産の米を混ぜて販売していたと報じた。これが事実であれば、農協が出資する生産者に近い事業者が国産米を偽装していたということになる。事態を重視した農水省は直ちに立入検査を実施した。結果、農水省は、6月末に、米卸売業者が法に抵触する行為を行った事実は確認されなかったと公表したが、最初の報道から4カ月半が経過していた。

調査に時間がかかっていることを非難しているわけではない。米は「米トレーサビリティー法」により、取引の記録と保管が義務付けられている。その産地についても、違反を確認するのはこのように難しいということだ。米以外であれば、調査はさらに困難となる。新たに導入しようとしている可能性表示は、過去の実績やこれからの計画を表示の根拠として認めており、これの真正を行政が監視することは、実効性の面で疑問をもたざるをえない。

行政の監視は行き届かない

表示を法律で義務づけるということは、正確な表示をしなければ法律違反としてペナルティーが科せられるということであり、事業者にとって義務化は非常に重いものとなる。筆者は、農林水産省に在職中の平成13年から約10年にわたり、当時のJAS法に基づく食品表示の監視業務に携わっている。この間、牛肉、米、うなぎ、竹の子、アサリ等々、様々な産地表示の違反を摘発してきたが、これらは食品偽装として当時大きな社会問題ともなっている。

偽装の動機は様々だ。始めから不当な利益、あるいは不良量在庫の処分のために計画的に行われたものや、納品先との契約の数量が間に合わずに一時しのぎに他産地の商品で補った例もある。動機はともあれ表示偽装は絶対に許されない。しかし、偽装が発覚した場合の影響は大変大きく、偽装がきっかけで倒産した会社も少なくない。職を失った多くの従業員とその家族がいる。責任を感じた経営者、工場長、担当社員、下請け業者など自ら命を絶った者もいる。事業者にとって食品表示とはそういうものだ。

全ての加工食品を対象とすることが目的化し、そのための様々な例外規定を設けるなど、実効に乏しいルールのためのルールは、行政の監視が行き届かない事態も想定されモラルハザードを招く懸念もある。結果、消費者の食に対する信頼を損なうことになるのではないかと心配している。

食品表示法は、「自主的かつ合理的な食品の選択機会の確保」という食品表示の役割と、「消費者利益の増進」とともに「食品の生産流通の円滑化」「消費者の需要に即した食品の生産の振興」に寄与することを目的としている。

「消費者委員会食品表示部会」では、消費者が知りたい情報を正確に伝え、「消費者の選択に資する」という本来の食品表示の基本に立った審議が行われることを期待したい。

中村啓一(なかむら・けいいち)
公益財団法人食の安全・安心財団 常務理事・事務局長
1949年生まれ。1968年農林省(現農林水産省)に入省。主に、食品産業・食品流通関係行政を担当。2008年の事故米不正流通では、チーム長として事故米の流通ルートの解明を担当。2011年に退官。現在は、公益財団法人食の安全・安心財団の常務理事・事務局長として、食に関わるリスクコミュニケーションの研究と実施を中心に活動。共著に『食品偽装・起こさないためのケーススタディ』(ぎょうせい)、著書に『食品偽装との闘い』(文芸社)がある。
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