なぜ収入が上がっても幸せになれないのか
では、そもそも人が「主観的幸福」を感じる要因とは何でしょうか? 真っ先に思いつくのはお金、すなわち収入です。たしかに収入が高ければ高いほど、住居や食事、衣服や嗜好品にたくさんのお金をかけて贅沢ができます。
ところが、プリンストン大学名誉教授でノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンは、10年に驚くべき研究結果を発表しました。それは、「感情的幸福は、年収7万5000ドルまでは収入に比例して増大するのに対し、7万5000ドルを超えると比例しなくなる」というもの。米世論調査会社のギャロップが08年から09年にかけて調査したデータを分析し、得られた結論です。
1ドル100円で換算すると、7万5000ドルは日本円で750万円。ただ、アメリカ人は日本を含むアジア諸国の人よりも金銭欲が高い傾向にあるのかもしれません。よって、日本では年収500万~600万円程度でしょうか。これは日本人男性の平均所得511万円(14年)とほぼ同じ水準です。
なぜ「収入が高いほど幸せ」とはならないのか。その理由は、お金によって満たされるのは、あくまでも「生活満足度」だけで、「幸福度」ではないからです。「生活満足度」は、「幸福」をつくる要素のひとつにすぎません。
「生活満足」は持続時間の短い感情的満足です。家やクルマ、外食などの消費で得ることができますが、次第に飽きてしまうものです。一方、「幸福」とは、「生活満足」だけでなく、長期かつ安定的に心を満たしてくれるものです。友人とのつながり、築き上げた家族、今まで歩んできた人生の歴史に抱く充実感。これらは「お金では買えないもの」だと言えます。
「生活満足度」は他人と比べられるもの、「幸福度」は他人と比べられないもの、という言い方もできるでしょう。人間の金銭欲、他人との比較欲は際限がありませんから、どんなに豪華な家やクルマを所有していても、それを超える豪華なものが目に入れば、満足度は下がります。しかし、人とのつながりや人生の充実は、他人との比較で簡単に価値が揺らぐものではありません。
平均以下の低収入では、衣食住に問題を抱え、幸福度は低くなってしまうでしょう。しかしある程度の収入――ひとつの目安として7万5000ドル――に達すると、基本的な生活には支障がなくなります。つまり、それ以上の収入は「生活満足度」を引き上げることはあっても、「幸福度」にはあまり寄与しないというわけです。
年収が高ければ「快適」であり「便利」にはなりますが、それは必ずしも「幸せ」とは関係ないようなのです。