これは僕のアメリカ論。誰も書かなかったアメリカ論です
ユニークな髪形でご記憶の人も多いだろう。宇宙飛行士・向井千秋さんの夫であり、大学病院の医師であり、書評の新聞連載でも活躍している。『君について行こう』以来、構想10年、執筆2年の書き下ろしエッセイ集だ。本書の中で著者は、有名観光地から、誰も知らないような田舎まで、アメリカ全土を旅して回る。ヒューストンに自宅を構える妻とともに、ときには1人で。50州のうち49州は制覇した。残り1州はアラスカかと思ったら、何とハワイ。
実際に足で歩き、目で見たアメリカだけではない。フト疑問が浮かぶたび、著者はインターネットに向かい、ネット上で見つけたアドレスにメールを送りまくって、徹底的に真実を探ろうとする。「インターネットで調べるというより、アメリカ人の本音を聞きたかった」。
メールだけで1000通以上。ホテルのシャワーヘッドが固定式である意味から、アメリカに標準時がいくつあるか、トヨタの販売店が巨大な星条旗を掲げている理由まで。「せっかくだからメールをいかさない手はないと思って。でも、ほんとうにすごい数、返事をくれますよ、アメリカ人って」。
傑作なのは第九章の「キルロイ伝説」の項だ。“Kilroy was here(キルロイは来たぜ=著者訳)”という第二次大戦のときにヨーロッパ戦線のアメリカ兵たちが残した有名な落書きの謎を解明するために、いつものようにネットとメールを駆使してあるホームページに辿り着いた著者は、そこで紹介される六つの伝説を読み、決意する。「オレも伝説を考えて、投稿しよう!」と。
「英会話はうまくないけど、英語を読むこと、書くことには日本語と同じくらい躊躇がないんです」。バカバカしさ(失礼!)にお腹を抱えてしまうが、著者のつくった新しい伝説はちゃんと採用され、第二次大戦と朝鮮戦争を記念して立ち上げられたというそのホームページにいまでも掲載されている。
だが、じつは読みどころは笑いとユーモアにあるのではない。
「気がつきましたか。この本の底辺には戦争が流れている」。確かに、タイトルの「謎の1セント硬貨」の正体もベトナム戦争に関連したものだし、テキサス州にあるクリスタル・シティ市を訪れたときのエピソードはとりわけ印象的だ。区役所でトイレを借りたことから偶然、そこに日系人の強制収容所があったことを知り、著者は繰り返しクリスタル・シティに足を運ぶ。
「こだわっちゃうんですよ。これは僕のアメリカ論。誰も書かなかったアメリカ論なんです」。副題には「真実は細部に宿る in USA」とある。