ヒートアップする一方の豊洲問題。ここまでこじれた原因のひとつは、土壌汚染対策を審議した「専門家会議」の位置づけが法的に明確ではないことだ。大阪市長として各種有識者会議の見直しを行った経験を持つ橋下氏が、問題の本質にズバリと切り込む。

大阪で明確化した「条例設置型」と「アドバイザー型」の違い

専門家会議の位置づけについて、小池百合子知事や小池さんの外部顧問チーム、そしてメディアは大きな誤解をしている。専門家会議の提言と都庁の方針を、何の疑いもなく同一視している。そして専門家会議の提言を絶対視している。しかし、それこそ都庁の意思決定を分析する上において大問題だ。

外部有識者からなる有識者会議の位置付けは非常に曖昧だ。そこをクリアにせず曖昧にしたまま、これまで役所組織は、有識者会議に最終決定権を与えているかのような組織運営をしていた。これは都庁だけでなく、霞が関の国の省庁もそして多くの全国の自治体もそうであろう。大阪府庁や大阪市役所も『かつては』そうだった。

しかし、この点は住民監査請求の監査結果例や、住民訴訟の裁判例の多くで一定の線引きが行われた。一定の結論を導くような独立の意思決定をする有識者会議は、執行機関の附属機関として条例で設置されなければならない。逆に、条例設置でない有識者会議は独立の意思決定は行えず、あくまでも参考意見を述べるまでにすぎない、と。

これは地方自治法138条の4第3項に関する住民監査請求の監査結果例や住民訴訟における裁判例であり、ネットで検索すればいくらでも出てくる。

もちろん、監査結果例や裁判例は、上記のようにダイレクトに言っているわけではないが、「条例設置されていない有識者会議のメンバーに役所が報酬を支払うことが違法な支出にあたるのではないか」という住民監査請求の監査結果例や住民訴訟における裁判例において、このような趣旨のことが述べられている。

この点については、大阪市長のときに市役所内で大激論をやった。すべての有識者会議に条例設置を求められたら、必要な有識者会議を機動的に設けることができなくなる。しかし議論の末、やはり条例設置が必要だろう、ということになった。これは民主主義の観点からの結論である。

行政組織は権力を行使し時には住民に不利益を与えることがあり、また住民の皆さんから預かっている大切な税金を使う権限を有する。ゆえに組織の存在も権力の行使のあり方もすべて法律や民主主義を根拠としなければならない。役所組織は自治体であれば、選挙で選ばれた首長や議会に統制される。そして組織の存在も権限の行使も、法律の根拠に基づく。国であれば議院内閣制の下、国会議員たる首相や内閣、そして国会に統制され、組織は同じく法律に根拠を求める。これが民主的統制だ。

ここで有識者会議とは何なのかを考えると、確かに分からないのである。どのような権限があり、どのような責任を負うのか? コメンテーターとの違いは? どこまで責任を負うのか? 予算についての責任は? 議会に対しての責任は? 有識者会議なるものを考えれば考えるほど、曖昧な存在であることが分かってきた。

ゆえに審議会のように一定の結論を出してもらい行政がそれにある程度拘束されるようなものについては、しっかりと条例で設置する。議会が可決した条例の根拠によって民主的正統性が生まれる。

そして議会との関係などで条例が成立しないような有識者会議は、あくまでもアドバイザーの位置付けとして、参考意見を述べるところまでの存在とした。そして松井一郎知事とも連携して、大阪府庁、大阪市役所のすべての有識者会議を整理し、条例設置が必要なものはすべて議会に条例案を出して条例を制定した。真っ先にここまで徹底したのは大阪だ。現在他の自治体がどうしているのかは分からない。