HONDAブランドの耕運機

北條宏主任研究員とカセットガス式耕運機「ピアンタFV200」。ハンドルを折りたためば全高53cmとなり、ホンダ・インサイトなどセダンのトランクにも収まる大きさに。標準装備のカバーはストレスなく着脱できる。
北條宏主任研究員とカセットガス式耕運機「ピアンタFV200」。ハンドルを折りたためば全高53cmとなり、ホンダ・インサイトなどセダンのトランクにも収まる大きさに。標準装備のカバーはストレスなく着脱できる。

「これがピアンタです。使ってみませんか?」

ホンダの研究開発部門である本田技術研究所。そのうち「汎用」と呼ばれる農機や発電機、除雪機などを担当する汎用開発センターは埼玉県朝霞市の緑濃い台地南端に位置している。低地にある正門から崖に沿って取り付けられた鉄階段を上ると、そこだけぽっかりと青空を望める空き地に出た。

用意されていたのは、かわいらしい外見の耕運機「ピアンタFV200」である。この商品の開発チームを束ねた開発室第2ブロックテクニカルマネージャーで主任研究員の北條宏さんが、かたわらの長靴を指さして「さあ、どうぞ」と笑顔を向けた。

「HONDA」ブランドの耕運機をご存じだろうか。

戦後間もなくホンダを創業した本田宗一郎は「農村の機械化に貢献したい」と早くから農機の開発に取り組み、1959年に最初の耕運機を売り出した。クルマやバイクといった派手な事業の陰に隠れがちだが、ホンダは半世紀の歴史を持つ農機メーカーでもある。

後発メーカーのホンダは老舗が幅を利かせる大型・乗用機ではなく、手押しを基本とする小型機市場を開拓していった。とりわけ初心者にも作業がしやすい「車軸ローター式」で強みを発揮し、圧倒的なシェアを確保した。企画室第1ブロックプランニングマネージャーで主任研究員の今井周平さんによれば、年間5万台とされる車軸ローター式の市場でホンダのシェアは「50%に近い」という。

参入から50周年の節目を迎えた2009年、ホンダは市場全体を活気づける大ヒット商品を手に入れた。それが目の前に立つ車軸ローター式耕運機、ピアンタだ。

ピアンタは3月の発売直後から爆発的な人気を博し、1カ月で年間販売目標の半分強にあたる3500台を売りつくした。さらに耕運機のシーズンである4月にかけて順調に売り上げを伸ばし、累計販売台数は5月中旬までに4500台を突破した。わずか1機種で市場全体の1割近い台数を稼いだことになる。その一方で「ガソリンを使う従来型との食い合いはほとんど起きていない」(今井さん)。既存ユーザーとは異なる層がピアンタを買い求めているのだ。

既存ユーザーとはもちろん農家のこと。国内の農家数は減少傾向にあるが、主婦や定年退職で時間に余裕のできた団塊世代を中心に、ガーデニング愛好家は増加の一途をたどっている。ホンダはピアンタによって、こうした愛好者の需要を掘り起こしたのである。

新発想でヒット商品となったが、当初は予算がほとんどなく、人手が足りないなかで製品化に向けた開発が進められた。それだけに開発に参加したメンバーには愛着もひとしお。会社にとっては嬉しい誤算だ。