ハワイアンズの運営企業、常磐興産社長を3年前から務めるのが元みずほ行員の井上直美だ。地元出身者が代々社長を務める福島県の老舗企業で、縁もゆかりもない彼は、どうやって会社を変えたのか。

芸術家の感性が捉えたフラガールの価値

斎藤一彦前社長(71歳・現相談役)は、井上直美(65歳・元みずほ銀行常務、前みずほ情報総研社長)に経営トップを任せるにあたり、2つのことを託している。一つは半病人の状態から健康を取り戻すための財務戦略。もう一つはハワイアンズが将来にわたって存続できる新しいビジネスモデルを確立することだ。

13年6月、社長に就任したとき、井上は組織を変える基本方針と戦略を頭に描いていた。まずフラガールという資産を最大限に生かし、収益につなげていくことに着手する。

15年から夜のフラガール・ショーに、光で映像を自在に投影できるプロジェクションマッピングの機械を導入。ダイナミックなステージ演出で客を驚かせた。ショーの内容を解説した、初めての豪華なプログラムも制作、販売している。

井上には数字偏重のお堅い銀行員とは思えない、柔らかい一面がある。取材のため、ホテルの一室を改造した井上の執務室に案内されたとき、真っ先に目に飛び込んできたのは、壁一面に並ぶ、フラガールの踊る姿が描かれた銅版画だ。すべて井上の手によるものだ。彼は銅版画の個展を開くほどの腕前を持つ。


フラガールを描いた自作の銅版画が井上の執務室に並ぶ。

井上は子どもの頃から絵描きになることを夢見ていた。銅版画を始めたのは大学の浪人時代のこと。細い線を積み重ねていく手法が気に入った。大学に入学した後も、創作意欲は衰えず、風景を好んで描いた。モチーフを得るため、フランスに2週間の旅行に行ったこともある。だが就職後は趣味に充てる時間もなくなり、道具は埃を被ったままとなった。

その銅版画を再開したのは40代の半ばに差しかかった頃のこと。山一証券の整理業務に追われている頃、銅版画教室に通い始めた。その動機を「仕事がアウトプット過多になり、このままではガス欠になると感じた」と独特の表現で説明する。

廃業のための作業は、いくら手を尽くしても何も生み出さない。コツコツと細い線を重ねていけば一つの作品に結実する銅版画に没頭することで、精神のバランスを取っていたのかもしれない。そんな芸術家の感性が、フラガールの価値の高さに目を向かせた。