ある母親が、私にこんな相談をしてきたことがある。夕べ寝ているとき、息子が自分の上にまたがって首を絞めてきた。もう少しで殺されそうなところを、命からがら逃れた。大人しかった息子の豹変が信じられない。どう対処していいかわからない。その母親は、こう言った。

「お金で解決できるなら、いくらでも払いますから」

愚かな考え方だと思った。その子は、人間が年収や学歴をモノサシにして測られる世の中を恐れているのだ。そんな冷たい世の中に出ていくのが、怖いのだ。その恐怖心を植え付けたのは、あなた自身ではないのか。それをまたぞろ金で解決しようとは! 私はこう提案した。

「ボランティアを始めてみませんか」

親がボランティアを始めて、夕食の時間に夫婦で語り合う。そのとき、子供の心にどのような変化が起こるか。世の中には、収入にも地位にも学歴にも関係のない人間関係が存在するのだ。競い合い傷つけ合うのではなく、お互いに助け合う世界が存在するのだ。世の中は、冷たいだけの場所ではない……。

子供の心は、その事実を知って癒やされる。そして、社会に出ていく勇気を持つことができるようになるはずだ。

懸命に金を稼いで子供に良質な教育を与えたいと願うのは、悪いことではない。しかし、自分さえ儲かればよいという考えを捨てない限り、心底働きたいというエネルギーは湧いてこないと子供に伝えてほしい。長年の検事の経験から言うのだが、賄賂や汚れた金を貰った人間の多くは早死にする。いくら嘘をついても心は真実を知っており、心の痛みが命を縮めるからである。

(山田清機=構成 小倉和徳=撮影)