本当のことに「気づく」のは難しい理由

筆者は2015年12月に『東京湾岸畸人伝』(朝日新聞出版)という本を上梓した。東京湾岸で働き、暮らし、生きる6人の「畸人」たちのルポルタージュである。

『東京湾岸畸人伝』(朝日新聞出版)

第1話に登場するのは、築地で生マグロを扱う仲卸(なかおろし)の番頭だ。仲卸とは大卸(問屋)と買い出し人(鮨屋、魚屋などの小売店)の間に位置する業態である。

日本の流通過程は複雑だとよく言われる。そこには既得権益にしがみつく“盲腸”のような、つまり何の付加価値も生み出していないのに手数料だけ取るような業態がいくつも介在していて、モノの値段を吊り上げているというのが一般的な認識だ。

仲卸はそんな盲腸の代表格としてヤリ玉に挙げられることが多く、「問屋と小売りだけでいいじゃないか。なぜ、仲卸なんて余計なものが間に挟まっているんだ」などと批判される。

その一方でわれわれは、いわゆる“中抜き”をした産直のような流通形態を理想的だと考えている。中間搾取がないから値段も安く、流通過程がシンプルだから鮮度も高いはずだと……。

ところが、実際に仲卸を取材してみると、仲卸が実に精妙な働きをしていることに気づくのである。仲卸はいわば小売店の代表として競りに参加して「いいものをなるべく安く」買おうとするわけだが、しかしときに、わざわざ相場を吊り上げるような、一見不可解な振る舞いもする。そうすることで、生産者(漁師)にまっとうな対価が支払われるように仕向けているのだ。

実際に生マグロの競りを見て、仲卸が小売店と生産者の双方を守る機能を果たしていることに気づいたとき、私は文字通り目から鱗が落ちるのを実感した。

詳細は拙著をお読みいただきたいが、「気づき」は簡単に購入することができるかもしれないが、現場を踏んで、当事者にしつこく取材をしてみなければ、本当のことに「気づく」のは難しい。

しんどい作業だが、ルポルタージュの真価はそこにこそあるとのだと自負している。

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