「辛く厳しい仕事」に志望者が殺到した理由

ブランドの負の部分を強みに変える戦略の最も見事な例は、おそらく2000年に行われたロンドン市警の印象的な人材募集キャンペーンに見ることができる。

このキャンペーンでは、人材募集広告の伝統的なうたい文句を意図的に避けて、「刺激的な仕事ができる」とも、「役に立つ技能が習得できる」とも、「子どもたちの尊敬が得られる」とも約束しなかった。逆に、この仕事がどれほど厳しいものであるかを率直に訴えかけたのである。

あるコマーシャルは、顔にひどい火傷の痕があるフォークランド戦争の英雄、サイモン・ウェストンを登場させた。乗っていた戦艦が爆撃されて大やけどを負いながら、奇跡的に生還してイギリス国民を奮い立たせたこの元兵士が、涙を流しながら視聴者に語りかけたのだ。

「『自動車事故で奥さんと子どもさんが亡くなりました』と誰かの家に伝えに行かなければならない状況を想像してみてください」と。

別のコマーシャルは、赤ちゃんが眠っている間に死んでしまったという電話を受け、悲しみにくれる母親の目の前でその子のテディベアを証拠品の袋に入れて持ち帰らなくてはいけない辛さを想像してみてくださいと、視聴者に訴えかけた。これらの広告は警察の仕事を辛く厳しいものとして描き出していたが、それでも多くの応募者を引きつけた。

キャンペーンの有効性を測定するため、これらの広告には専用の電話とウェブサイトを示して、「問い合わせや応募はこちらまで」と呼びかけた結果、10万件を超える問い合わせが採用担当部署に殺到し、ロンドン市警はそれらの熱意ある人々の中から、6000人の新しい警察官を選抜・採用した。イギリス内務省によると、これは前年を50%上回る人数だった。

これらの広告の魅力は、ひとつには大きな職業的挑戦──「君は警察官になるだけの勇気があるか?」──を突きつけたことにあった。しかし、もっと深い力も作用したのである。

TNSギャロップが行った調査で、これらの広告を見た人の間では「警察を尊敬している」人の割合が見なかった人の2倍であることが明らかになった。警察官の仕事の辛い部分、その暗く悲惨な負の部分を出したことにより、ロンドン市警というブランドをより本物らしく、したがってより魅力的にしたといえるだろう。

 

人は完璧なものを愛するとは限らない

この例からわかることは何だろうか。100%すばらしいものは、100%退屈だということだ。われわれは私生活でも、非の打ちどころのない美徳にはあまり魅力を感じず、欠点や矛盾だらけの人間を好きになる。ブランドでも同じことがいえる。負の部分を認めるとき、ブランドは正しいセグメントの人々を対象にすることができ、しかもそれらの人々に力強く訴えかけることができる。

負の部分はブランドをより強力にしてくれるのだ。

(翻訳=ディプロマット)