相馬朋和(帝京大学ラグビー部FWコーチ)
大きなからだは存在感に満ちている。秩父宮ラグビー場グラウンドのサイドライン際。試合を終えた帝京大の学生たちを、相馬朋和コーチは柔和な笑顔で迎えている。ひと言、ふた言、声をかけていく。
「どんなチームが相手でも、最初の20分間はプレッシャーの高い展開になるのです。ゲームの入りの部分で、もっとどうしたらよかったのか、そこを学生たちに考えてもらいたかったのです」
この日。大学選手権6連覇を目指す王者帝京大は筑波大に苦しんだ。前半。帝京大FWの動き出しの一歩が遅れていたからだ。勝ちはしたが、課題の残る試合となった。
「接点でラクをしたから、ゲームで苦労したのです。ラグビーにラクな試合なんて、ないんです。一人ひとりが必死でプレーして初めて、勝利をつかむことができるのです」
現役時代は帝京大―パナソニック(旧・三洋電機)の右プロップとして活躍した。日本代表のスクラムも支えた。昨季いっぱいで、トップリーグ王者となったパナソニックを引退した。いまはパナソニックのスクラムコーチと母校帝京大のFWコーチを務めている。
忙しくも、充実した日々を過ごしている。37歳は少し笑う。
「やっとでコーチの生活に慣れました。随分と時間がかかりました。夏合宿に入るぐらいまでは、心がふらふらしていました。でも、(現役への未練は)もう、ありません。いまはプレーしたいというより、コーチとして学びたいという気持ちの方が大きいですね」
向上心、探究心は旺盛である。帝京大で岩出雅之監督、パナソニックでは世界的指導者のロビー・ディーンズ監督のもと、指導法を観察し、勉強している。
「移動時間の長さなど、まったく大変だとは思っていません。帝京大、パナソニック、それぞれのチームで多くのことを学べます。教えることの難しさ、伝えることの難しさを実感しているところです」
岩出監督からは「教え魔になるな」と言われた。ディーンズ監督からも「教え過ぎるな」と諭された。名コーチは大概、すべてを教えようとはしない。選手にも考えさせるのだ。
「いつ、なにを伝えればいいのか。1から10まで教えてはいけないということもありますけれど、コーチの役割は選手の成長を促すことにあるわけです。成長するためには、教えるのがいいのか、何も言わず、理解するのを待つのか。その選手が必要だと思った時にぽんと教えてあげることの方が、そのひと言がより効果的になると思います」
さらにいえば、ディーンズ監督からは、「自分の感覚的なものを教えるな」と言われた。世界一のゴールキッカーがグラウンドにきて、「こうやって蹴るのだ」と教えても、技術を伝えることはできない。スクラムの時のプロップの微妙なひざのため、肩、ひじ、胸の力の加減なども同じだろう。
大学と社会人の王者のチーム作りに参加できるとは、なんと得難い体験だろう。今季の目標はもちろん、「両方、優勝」である。理想のコーチ像を聞けば、「岩出先生のような指導者になりたい」と言うのである。
「常に進化しようとしているからです。今いる場所に満足しない、常によくなろうと考えている人だからです」
スクラムの話をすれば、「小手先のプレーに走るな。正々堂々とまっすぐ押していけと教えています」という。深遠なるスクラムの要諦を教えながら、「ミスター・スクラム」は人生を語っているのである。