安定収穫まで5年「植物工場」の難しさ

だが、【1】(http://president.jp/articles/-/13621)で述べたようにカゴメはこれらの「植物工場」を運営するに当たって、大きな壁にぶつかることになる。

初代の代表として小名浜菜園の立ち上げに関わった那須野崇之は言う。

「結局、ハードを導入しても、日本とオランダでは気候も違えば、生産する農作物の流通の環境も違う。特に集まったスタッフは大規模農業について素人同然でしたから、一から全てを学び直す必要があったんです」

トマトは南米の高原が原産地と言われる。暑さや湿気に弱く、豊富な日照を必要とする。カゴメの「植物工場」は開放型のため、周囲の自然環境の影響を受ける。小名浜菜園のあるいわき市は、日本有数の日照時間があるほか、昼夜の寒暖差が大きいなど、トマトの栽培に適した場所だった。

2009年に農地法が改正されるまで、企業の農業参入には厳しい制限があった。大型の「植物工場」という前例はなく、すべては手探りだった。企業誘致を進めたいという行政の後押しを受けながら、2003年にようやく現地で農業法人の設立にこぎつけた。

ところが意気込んで05年からトマトの栽培を始めてみると、生産性は想定よりもずっと低いものとなった。

「1年を通じて、安定的に収穫を行うことがいかに難しいことかを思い知る日々だった」と、いわき小名浜菜園の永田智靖代表取締役は振り返る。

「例えばミディ系のトマトだと、1週間に1本当たり10果くらいの収穫があります。30万本では300万果。葉かきや花の摘み取り、摘果といった作業が常に調和して行われていることが求められる。もしどこか一つでも作業が遅れて調和が崩れると、瞬く間に全体に影響が出てしまうんです」

相手は植物である。全ての工程が常に順調に進むとは限らず、ときには一部の株に病害虫の問題が発生することもある。彼が今でも苦い思い出として振り返るのは、そうした病害虫への対応に人手を取られているうちにも熟しすぎたトマトが各区画で落ち始め、畝の下で潰れている光景だ。

小名浜菜園で「安定的な収穫までに5年」という歳月がかかったのは、中心となる従業員がいわきの気候条件を熟知し、病害虫の兆候の素早い発見や、成長に見合った適切な葉かきなど、栽培に必要な経験を体得するまでにそれだけの時間が必要だったからだ。