逆に健診があるからこそ、症状が悪化することもあるのです。例えば今胃の調子が悪いとします。来月健診を受ける予定の人は、よほど症状が悪化しない限り、それまで待とうと考えるでしょう。あるいは健診を受けて3カ月後に胃の調子がおかしくなっても、3カ月前は異常がなかったのだから重い病気ではないと自己診断しがちです。自覚症状があったら健診に関係なく病院へ行くべきなのに、それに左右されて早期発見のチャンスを逃してしまうのです。
冒頭で健診は「検査項目の多くに医学的根拠が薄く、病気の発見にほとんど役立たない」と話しましたが、日本人間ドック学会によると、2012年に人間ドックを受けた316万人のうち、全項目の検査値に異常のなかった人は、過去最低の7.2%にすぎません。それは90%を超える人に異常が見つかるということです。この食い違いはなぜ生じるのでしょう。
一つ例を挙げましょう。私の医学生時代に学んだコレステロールの診断基準は「総コレステロール250mg/dl」でした。今は「220mg/dl」です。ところが日本人間ドック学会の判定区分では「異常なし」は「140-199mg/dl」。基準値を下げれば「異常なし」が減って「異常あり」が増えるのは当たり前です。米国では基準値が年齢別に設定されていて、しかも日本の基準値とはかなり異なります。例えば40歳から49歳までは「245mg/dl未満」が正常値ですが、日本の人間ドックでは「要経過観察・生活改善」と指摘されるでしょう。
そこで結論は健診の数値に一喜一憂するより、もっと自分の体が発するシグナルを信じなさいということ。体の調子が悪い状態が2週間続いたら早めに医師の診察を受ける。1カ月続いたら、今すぐに病院へ行く。
「自覚症状」というシグナルは、健診の数値よりもずっと病気の発見に役立つ重要な情報なのです。
1945年、東京都生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。山梨医科大学助教授などを経て、2008年より新渡戸文化短期大学学長を務める。主著に『健康診断・人間ドックが病気をつくる』など。