BMWが見せる「ブランディング」の妙

BMWは傘下のミニ、ロールスロイスも含め、プレミアムセグメント専業と広く認知されているメーカーだ。プレミアムセグメント=高級車と認識されている日本やアメリカではラグジュアリー、すなわち高級車に区分けされるのが一般的だ。が、希望小売価格521万円、オプション込みで600万円を超える320d M Sportは、一般的に高級車という作りではない。

エクステリアは素晴らしく均整の取れたプロポーションを持っているが、ラグジュアリーの語源である輝き(lux)を持たせるための加飾はほとんど持たない。今までのカーデザインの文法を打ち破るような革新的な造形が与えられているわけでもなく、どちらかといえば地味な部類に入る。内装にしても同様で、シートやステアリングなど人間工学がモノを言う部分は非常に良く作りこまれているが、高価な素材を使った華美な演出はほとんど持たず、質素。高級車らしい内装のクルマは他にいくらでもある。

では走りのイメージを全面に押し出したスポーツセダンなのか。確かに試乗車はノーマルより車高が10mm低くなるスポーツサスペンションを装備し、ブレーキディスクも巨大。運動性能は優秀だ。が、「こんな車には乗ったことがない」と驚愕するほど速いわけでもなく、あくまで爽快な気分にさせられるというレベルにとどまる。

では、320d M Sportは高級車としてもスポーツカーとしても決定的な魅力に欠けるのかというと、答えは真逆だ。600kmほど運転した後でも、もっとドライブを楽しみたいというポジティブな気持ちにさせられる。エンジンと変速機ひとつとっても、ターボディーゼルだから力強い、あるいは燃費がいいということにとどまらず、ディーゼル技術を使えばこんな気持ち良いフィーリングが得られるという、走る楽しさをドライバーに実感させる演出が盛り込まれている。

かりに320d M Sportが自分のクルマだったらと所有感を想像してみるに、おそらく他人に見せびらかしたりするような気分にはならないだろう。自分のステータスを誇示するためのものではなく、乗ることで爽快感を得るためのツールというクルマ作りに徹している。
そういうクルマづくりをしているメーカーのモデルをチョイスするという自己表現の手段にはなり得るが、あくまでも持って楽しむのではなく使って楽しむのが本流だ。