死んだ後も誰かの記憶の中で生きている

皆さんは自分が生まれ育った街や、現在住んでいる街に愛着をお持ちでしょうか。街は単なる場所ではなく、そこに暮らす一人ひとりの人生を受け入れてくれる大きな器のような存在です。人間はともすれば自己中心的になりがちですが、同じ街に生きる人たちに目を向け、街全体を愛する感覚を持てば、視界が開けて今までとは違う世界が見えてくるかもしれません。

文学の世界でも、自分が愛する街に根差した作品を書き続ける作家は少なくありません。20世紀を代表する小説家と称されるジェイムズ・ジョイスもその一人です。

アイルランドに生まれたジョイスは、20代以降の人生の大半を国外で過ごした国際的な作家でありながら、『ユリシーズ』をはじめとする主要作品は、どれも出身地のダブリンを舞台としています。作中で街の地理や風景を詳細に書き込んでいるため、現在も世界中からジョイスのファンがダブリンを訪れ、小説に登場する実在の場所を辿る“聖地巡礼”を楽しんでいます。

『ダブリンの市民』は1914年に出版されたジョイスの初期作品で、15編から成る短編集です。当時のダブリンは、プロテスタント系イギリス人を中心とした支配者階級と、古くからこの地に住むカトリックの多くが属する被支配者階級にはっきりと分かれ、後者に該当する中流以下の市民は様々な鬱屈うっくつを抱えていました。ジョイスが描くダブリンの街には、抑圧されて無気力に陥った市民が醸し出す停滞した空気が漂っています。収録された短編はどれも深みのある名作ですが、なかでも有名なのが「死者たち」です。

主人公のゲイブリエルと妻のグレタは、叔母たちの家で催される毎年恒例の舞踏会に出席します。叔母たちにとってゲイブリエルはお気に入りの甥おいで、彼も叔母たちを賞賛するスピーチを披露するなど、和やかな時間を過ごします。

ここまでなら小さな街で暮らす親戚同士の心温まる交流といった趣で、国際的な大作家にしてはたわいない話を書くのだなと思う人もいるかもしれません。

ところが叔母の家を出て、ゲイブリエルが妻と2人になると、次第に生と死を巡る物語へと展開していきます。

ゲイブリエルは帰り道を歩くグレタの姿を見ながら、2人が共に過ごしてきた数々の瞬間を思い出し、幸福感に浸ります。妻に新鮮な激情と欲望を覚えた彼は、ホテルに戻ると彼女を抱こうとしますが、一方のグレタはぼんやりと物思いに耽ふけっている様子です。

ゲイブリエルが何を考えているのかと尋ねると、グレタはわっと泣き出し、先ほどの舞踏会で聴いた歌のことを考えていたと答えます。昔あの歌をよく歌っていた男の子がいたのだと聞き、怒りと嫉妬から「きみが恋していた人かい」と問い詰める夫に、グレタはその男の子が17歳で死んだことを伝えます。

自分が喜びや欲望に満たされている時に、妻は別の男のことを考えていたのだ。ゲイブリエルは恥辱を受けますが、グレタが「彼はわたしのために死んだんだと思うわ」と告白し、男の子が亡くなった経緯を涙ながらに語る姿を見るうちに、怒りが消えていきます。

(構成=塚田有香 イラストレーション=米山夏子)

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