今なお日本人を魅了し続ける、司馬遼太郎。義弟が在りし日の思い出と司馬作品について語る。

当時の茶の間の会話で、私がいつも驚かされていたことがあります。私の雑駁な話が司馬遼太郎の頭脳をめぐって返ってくるのです。例えば食べ物の話はやがて貿易の話、世界の話、あるいは歴史の流れの中に入ったりしながら輻輳します。何十分か経って気づいたら、それがそのまま文明論や随筆、例えば『この国のかたち』や『街道をゆく』に掲載してもいい、きちんとまとまったものに変わっているのです。こうした経験は、取材旅行をともにした、編集者のみなさんもお持ちでした。

普通、取材旅行は、作家と編集者、カメラマンなど3、4人程度で行くもの。ところが、司馬遼太郎の場合は、編集者や学者、作家も加わって、十数人になることもありました。そして、食事のあと、司馬遼太郎の部屋に集まって、自然と司馬遼太郎の話を聞くような格好になります。そのときに、先ほど話したような印象をみなさんもお受けになったようなのです。茶の間の会話でもそうですが、同じ話はなく、毎日違う。『街道をゆく』に、その辺りの雰囲気がよく出ているように思います。

(構成=小澤啓司 撮影=立木義浩/平地 勲)