戦後外交史に残る菅直人政権の大失策
尖閣問題をめぐる現場レベルでの対応もまた、戦略の不在を露呈してきた。2000年代半ばまでは、尖閣周辺で目立った動きを見せていたのは、主として香港や台湾の民間活動家であった。ところが、中国の経済力と海警・海監などの海上執行機関が強化されるにつれ、事態は質的に変化する。
2008年6月には台湾の公船が、同年12月には中国の公船が、尖閣諸島周辺で公然と領海侵入を行った。これは明確なエスカレーションであったが、日本は外交上の抗議以外に有効な手立てを講じることができなかった。
海上保安庁の予算増額や巡視船の増強が本格化したのは、中国側がすでに体制を拡充し始めた後であり、現在に至るまで量的・質的に追いついていない。
さらに2010年の中国漁船衝突事件では、民主党・菅直人政権は公務執行妨害で中国側船長を逮捕・拘束したにもかかわらず、その後の中国側の強い反発を受け、主権を守るよりも、目先の危機沈静化を優先し、那覇地検による事実上の「船長釈放」を促した。
これは、国内法と主権の原則を自ら後退させた、戦後日本外交史に残る重大な失策であった。
石原慎太郎の買い取り発言で揺れた尖閣
2012年のいわゆる尖閣「国有化」問題においても、民主党・野田佳彦政権は情報管理を含め、稚拙な対応に終始した。この事案の嚆矢となったのは、石原慎太郎東京都知事による尖閣購入構想であったが、これは結果として、事態の悪化を招くこととなった。
石原都知事の政治的意図は理解できるとしても、外交的反作用まで織り込んだ国家戦略としては拙いと言わざるを得ない。石原都知事が主張するような対応(たとえば公務員の常駐や灯台や船泊の整備など)は、政府がはるか以前に、静かに、計画的に行うべきであった。
加えて深刻なのは、尖閣を含む主権・領土問題に関する教育と社会的認識の欠如である。政治家ですら、基本的事実を正確に理解していない例は少なくない。
国として主権を体系的に発信する拠点である「領土・主権展示館」が開設されたのは、2018年になってからであり、国家としての対応があまりに遅すぎたと言わざるを得ない。
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