米国が中国・台湾の主張を後押しする形に
国際法上の領有要件に照らせば、この点について結論は明確である。ここで見落としてはならないのが、戦後における米国の立場の変化がもたらした政治的含意である。戦後の一時期、米国は尖閣諸島に対する日本の“潜在的主権”を認める趣旨の整理がなされていた。
ところが、沖縄返還を前に、米国は尖閣について主権の帰属判断を回避し、「主権問題について立場をとらない」「いずれの領有権主張も支持しない」という姿勢に転じたのである。米国は一貫して「施政権の返還」であり「主権の判断は留保する」という立場を取ったが、この“中立的立場”が結果として、中国/台湾側の主張を勢いづけ、日本側の戦略的判断を曖昧にさせる要因となった。
他方で、1972年の沖縄返還により施政権が日本に戻ったことを前提に、日米安保条約第5条の適用について「日本の施政下にある地域に義務が及ぶ」という整理によって説明している。
日本の主権の正当性が揺らいだわけではないが、同盟国が主権判断を避ける構図が続く以上、日本は施政の実態を確実に維持するための能力と運用を積み上げ、現状変更を許さない抑止を一層確実にしていく必要がある。
「宝物」の存在を示唆した報告書
にもかかわらず、歴代日本政府は政権が替わるたびに、力または威圧による一方的な現状変更を許さないという日米の意思を示すべく、米国から「第5条適用」の言質をとること自体に満足しがちであり、その先――尖閣領有権に関する日本の立場(主権)への理解と支持を得る――という肝心の作業が十分に体系化されてこなかった。
以上の経緯を踏まえれば、尖閣諸島に対する日本の領有権に瑕疵がある余地はまったくない。問題は領有の正当性にあるのではなく、この明確な正当性を、なぜ日本政府が戦略として活用してこなかったかにこそある。
逆説的だが、法的に強い立場にあるときほど、政治の運用ミスは致命傷になりやすい。尖閣に関する日本の法的地位は明確である。だからこそ本来、政治は“余計な論点”を作らず、その優位を静かに固定化していくべきだった。しかし日本外交は、節目ごとに不用意な言動と沈黙を重ね、相手に「棚上げ」という誤解を抱かせる余地を与えてしまった。
中国(中華人民共和国)および台湾(中華民国)が尖閣諸島に対する領有権を主張し始めたのは、1970年代初頭である。転機となったのは、1968年秋のECAFE(国連アジア極東経済委員会)による調査・研究と、翌69年に公表された報告書である。尖閣周辺海域に石油・天然ガスが埋蔵されている可能性が指摘されたことを受け、同地域の戦略的価値が急浮上したのだ。

