なぜ老衰の順位が上がってきたのか

これが肺性心です。ところが、意外と死因を肺性心にしている死亡診断書はあまり見かけません。

また、高齢の方は動脈硬化が進行している場合が多いので、脳梗塞や脳出血、虚血性心疾患が本来の死因であるケースも多いのではないかと考えています。

このように、私が解剖の現場でみた高齢者のご遺体に限っても、明らかな所見があり、死因が特定の病気であると判断できるケースがほとんどです。臨床の現場でも、老衰以外の病気が原因で亡くなっているケースが圧倒的に多いと考えるのが自然ではないでしょうか。

にもかかわらず、日本人の死因3位が老衰となっているのです。これは、全国の臨床現場の医師が、亡くなった高齢者に安易に老衰という死因をつけているからと考えて間違いないでしょう。

このところ医師国家試験で、正解を「老衰」とする問題も毎年のように出ています。「高齢者の死=老衰」という単純な図式の浸透をますます加速させるような気がしてなりません。

ちなみに、私は法医学者になって30年近くたちますが、死亡診断書の「死亡の原因」欄に「老衰」と書いたことはただの一度もありません。

【図表2】性・年齢階級別にみた主な死因の構成割合(令和7年(2025))
出典=厚生労働省

「老衰」判定で犯罪を見逃す恐れも

高齢者の死因を安易に老衰とすることには、犯罪の見逃し、健康寿命の頭打ち、予防医学の発展の停滞など、さまざまな問題をはらんでいます。

犯罪の見逃しに関しては、このようなデータがあります。令和7年(2025年。統計は令和6年)発行の警察庁「警察白書」によると、「殺人」における被疑者と被害者の関係別検挙状況でもっとも多いのは、「親族(43.7%)」。つまり、犯人の多くは家族や親戚なのです。

仮に高齢者が自宅で病歴のないまま突然死した場合、「高齢で最近体調が悪いと言っていまして……」という家族の話を鵜呑みにして老衰という死因をつけるのは非常に危険です。もしこれが親族間での殺人事件だった場合、医師が知らずに犯罪の見逃しに加担することにもなりかねません。犯罪を見逃すことによって不利益を被るのは、被害者だけではありません。同様の犯罪を抑止できず、新たな被害者を増やしてしまう恐れがあるからです。

また、高齢者の死因を正確に判断しないと、ご遺族の「もらえるお金」にも影響があります。たとえば、生命保険で傷害特約に加入している場合、頭をぶつけたことによる慢性硬膜下血腫で死亡したと判断されれば保険金が下ります。しかし、「朝起こしに行ったら寝床で亡くなっていた」という話を聞いて解剖を行わず、「老衰」と死因をつけてしまったら? そうです、傷害特約は適用されず、もらえるはずのお金がもらえないことになるのです。