カリブ海に浮かぶ「ペドフィリ島」の常連
彼はメディアを操ることが得意で、「スピン・ドクター(情報操作の達人)」などと呼ばれた。その冷徹な立ち回りから「暗黒の王子」という異名をとった。過去に2度、住宅ローンなどを巡る自身の不祥事から閣僚を辞任したが、その都度不死鳥のように復活し、「イギリス政界随一のしぶとい男」として知られていた。
マンデルソンは2000年頃、(イギリス政界にパイプのある)マクスウェルを通じてエプスタインと知り合ったと見られる。その後、エプスタインの所有するパリの豪邸やカリブ海の私有島(ペドフィリ島)に頻繁に滞在し、自らの権力を誇示する場として利用した。
またエプスタインが太いパイプを持つアメリカの富裕層やシリコンバレーの人脈を、自身の政治的影響力の拡大に利用しようとした。
マンデルソンはエプスタインが2008年に有罪が確定した後も、彼を自身のパーティに招待した。さらに自身が大臣(ビジネス・イノベーション・技能相)時代の2009年、当時ワークリリースで自らのオフィスで服役中のエプスタインを訪問して激励するなど、両者は異常に親密な関係であった。これらが明るみに出て、2025年9月11日に駐米イギリス大使の職を更迭された。
政権を揺るがした「道連れ辞任」
ちなみに、彼を駐米大使に任命したイギリスのスターマー首相は、自身の任命責任と判断ミスを巡って政権発足以来、最大の危機に直面している。保守党などの野党はもちろん、本来身内であるスコットランド労働党のアナス・サワール代表までもが、「ダウニング街(首相官邸)の主は交代しなければならない」と述べるなど、公然と首相を非難した。
スターマー首相は議会で「マンデルソンの嘘を信じてしまった」と釈明したが、議員たちからは「公然の秘密であったエプスタインとの関係を見過ごしたと言うのは変だ」という当然の批判を浴びている。既に、マンデルソンの任命を首相に進言した主席補佐官、そして官邸の広報担当者が責任をとって辞任した。本書執筆時点で首相の進退は確定していない。
当のマンデルソンは長年「エプスタインとはただの知り合いだ」とシラを切り続けてきたが、2026年1月に公開されたエプスタイン文書で違法行為の動かぬ証拠が突き付けられた。マンデルソンが閣僚だった時代に、政府内部の経済政策や金融危機の対応策に関する情報をメールでエプスタインに送っていたのである。

