大切なのは「毎日歩くこと」より「気分」

「毎日続けることが大事だ」

健康意識の高い50代ほど、この呪縛に縛られています。ですが、ウォーキングを義務化した瞬間、それはもう健康法ではありません。気分を重くするための儀式に過ぎないのです。

雨の朝も、気が乗らない朝も「歩かなければ」と玄関を出る。高価なシューズを履き、スマートウォッチに管理され、「今日はあと2000歩足りない」と自分を追い立てる。

その姿を、少し離れたところから眺めてみてください。

誰に命じられたわけでもないのに、数字に追い回され、静かな早朝の街をひた走る。それは健康維持ではなく、ただの自己満足という名の執着です。

ここであなたはこう思うはずです。「いや、運動は体にいいはずだ。歩かない方が不健康だろう」と。

おっしゃる通りです。しかし、運動の「量」に固執して、一番大切な自分の「気分」を濁らせては本末転倒ではないでしょうか。

ここに意外な研究結果があります。

「ウィークエンド・ウォリアー」の研究によれば、週150分の運動目標は、毎日やっても週末にまとめてやっても、健康リスクの低下に大差はありません。

つまり、「毎日歩くこと」への固執は、根拠の薄い思い込みの呪縛にすぎないのです。

体の健康は、週単位で考えていい。しかし、気分は「今日の朝、この瞬間に」決まるのです。

費用ゼロ、15分間のモーニングルーティン

では私が毎朝、何をしているか。

拍子抜けするほど、地味なことしかしていません。費用はゼロです。 

①音楽を流す――ただし他のアプリは絶対に開かない

スマホのアラームを止めて寝床を出たら、私は音楽を流しながら洗面所で歯磨きをします。

50代の朝の体は鉛のように重いものです。だからこそ私は道徳や義務感ではなく「音楽」という燃料の力を借ります。

全米ベストセラー作家のパム・グラウトは語っています。

「朝の数分で、あなたの一日の台本は書き換えられる」と。

音楽は情報ではなく、自分を着火させるための「燃料」です。

選曲の基準は2つ。

自分が、理屈抜きで「上機嫌」になれる曲であること。

悲しくなったり、過去を悔やんだりするような「湿っぽさ」がないこと。

音楽というシールドでノイズを遮断し、自分自身を気持ちよく起動させる。朝イチにニュースやSNSを開く「奴隷」行為とは、対極にあります。

②カーテンを開け、窓の前に30秒立つ

健康のためではありません。スマホのブルーライトという他人のノイズで視覚を汚す前に、自分だけの光で脳を満たすためです。

私の住む京都の朝の光は、季節によって色が違います。冬の鋭い白光と、夏の柔らかい橙では、気分の立ち上がり方も明らかに異なります。この感覚の違いを味わえるのは、五感を開いているときだけ。

記録しない。写真も撮らない。インスタにも上げない。ただ、目の前の光を、目で受け取る。それだけでいいのです。

③ゆっくり呼吸する――3分でいい

音楽と朝の光で体を起動させたあとは、呼吸で気分を整えます。 

STEP①おへそから指3?4本分下にある「丹田たんでん」を意識します。
STEP②お腹(丹田)を凹ませながら、口から「ふーっ」と息を細く長く吐き出します。
STEP③吐ききると、鼻から空気が入ってくるので吸います。
STEP④吸い切ったところで、ほんの数秒間、息を止めます。
STEP⑤また吐き出します。

「1日3分」、無理なく続けてみてください。あなたの自律神経を整え、脳をリラックスした状態へ導いてくれます。

④ノートを開き、頭の中のゴミを吐き出す――目安は5分

ここで正直に打ち明けなければなりません。かつての私は、この習慣を「自分を高めるための記録」として使っていました。目標を書き、感謝を綴り、理想の自分を演じようとしていた。

しかし、47歳で独立したあと、仕事が減り、付き合う人間が減った時、私は頭の中にあるドロドロとしたゴミを直視することから逃げていることに気づきました。情けない話ですが、それが現実でした。

ノートは、ゴミ箱です。

心配事、モヤモヤ、昨日誰かに言われた一言、なんとなく引っかかっていること――それらを、ただ紙の上に吐き出す。これだけです。

本のページにメモを取る女性の手をクローズアップ
写真=iStock.com/Renovattio
※写真はイメージです

書くことが思い浮かばない時は「今日は書くことがない、以上終わり」でかまいません。

これは記録ではありません。「排泄」です。朝に体の排泄があるように、脳にも排泄が必要です。一晩かけて澱んだ思考のゴミを、紙の上に出し切る。そうすることではじめて自分の気分の「素の状態」が見えてきます。