合格したのは旧帝大の難関・東北大学

諏訪清陵は、明治28(1895)年に創設された県内でも有数の名門進学公立校だ。過去3年の合計で東京大学と京都大学あわせて7人を含め国公立大学に計376人の合格者を出す進学実績を誇る。

五味さんが受かったのは、東北大学医学部(保健学科看護学専攻※)の総合型選抜試験、いわゆるAO入試だ。筆者が約1年前に同校を訪ねた時も守屋監督から東北大を志望していると聞いていたが、当初の目標を見事に達成した形だ。

※一般入試の場合、大学入学共通テストでの得点率のボーダーラインは69%と高いレベルにある。

「以前から医療関係に興味がありました。高1の12月に自然気胸で入院しました。そこで看護師さんに親身に接して頂いて。そのあたたかさがうれしくて、将来は看護師になりたい、という気持ちが固まりました」

野球部では前述のノック補助だけでなく、おむすびを作り、破れたボールの縫い目を糸で繕う、白線を引く、荒れたグラウンドにトンボをかける、大きな声で選手に指示を出す……と、とにかくフル回転だった。

他にも主将としても重要なタスクがあった。練習メニューの作成だ。監督が練習内容は選手に任せる方針のため、練習メニューを作るのだ。「前の晩に専門家の動画などを参考にして中身の濃い練習となるようなメニューを考えていました」。作業にかなりの時間を費やしたことは想像に難くないが、自宅でも学業と両立していたことになる。

中央が五味さん
撮影=清水岳志
中央が五味さん

学内の成績順位はずるずる落ちたが…

平日は練習を終えて疲労感もあるが、まっすぐには帰らない。フリースペースに寄って、21時頃まで1時間半ほど英語の予習などの勉強をした。在来線に乗り帰宅して食事後に入浴し、翌日の準備をてきぱきとして就寝する。

定期考査の最高位は、学年240人中19番。悪いときで50~60番だった。最高位は1年の最初で部活での責任が軽かった頃だ。高2の夏に主将就任するなど学年が上がるにつれ部活でも重責を担うようになると、順位もずるずる落ちたという。だが、ギリギリで踏ん張って、もちこたえたのだ。

だが、聞けば、両親から「勉強しなさい」と言われたことはなかったという。それだけ自己管理ができていて、信頼されていたということだろう。取材をして話を聞いていると、自分を甘えさせないという譲らない部分を持っていると感じられた。

東北大AO入試の1次試験は筆記で数学と英語と理科2科目の4教科。東北大一般入試の2次試験ほどの難易度ではないが、問題の量が多く、短い時間で正確に早く解くことを求められたという。

得意科目の英語は長文が3題あって90分の読解問題。数学が1時間、理科は化学と物理選択で合わせて2時間。過去問を解いて備え、1次の手ごたえは「五分五分」だったそうだ。