信長の真の才能は巧みな人心掌握

2000vs.4000〜5000。数的にまだ不利だったが、信長軍の戦意は極めて高かった。再び『信長公記』から――。

「中島砦から打って出ようとする信長を重臣たちが止めると、『よく聞け。敵はここまで来るのに夜行軍などし、疲れている。(中略)敵の首は取るな。死骸は放置しろ。この戦いに勝ったなら、参加した者は末代の功名となろう。ひたすら励め』」

首は恩賞の対象だが、そんなものにはこだわるな。参加すること自体が手柄である――勝てば全員に恩賞を与えると宣言したに等しかった。逆にいえば、恩賞にありつくには絶対に勝たねばならない。勝つ、勝つ、勝つしかない――否応なく士気は高まったろう。

こうした話は、藤本正行が『異説・桶狭間合戦』を改訂・補足した『信長の戦い(1) 桶狭間・信長の「奇襲神話」は嘘だった』(洋泉社)などでも読むことができる。ぜひ一読を薦めたい。大河ドラマも、歴史の裏側も、2倍楽しめるはずである。