コロナがもたらした圧倒的な距離と現実

2019年12月から2020年の1月、姉の倫子が一時帰国していました。お正月を一人で過ごさせるのはかわいそうだと、なるべく誰かしらが年末年始は帰国するようにしていました。アメリカに戻る時には「また、来るね!」と言って実家を出ました。その時、中国で発症した感染症のニュースが流れていたものの、まさかその後2年近くも帰国できなくなるとは夢にも思っていませんでした。

やがて新型コロナウイルスは世界中に広がり、アメリカでも外出制限が始まりました。レストランは閉まり、ビーチも立ち入り禁止。街には救急車のサイレンが昼夜を問わず響きました。

一方、日本に残る母は、人に会うことを避け、外出をやめ、家でテレビばかり見る日々に。

「元気だった母が、一気に孤立してしまうかもしれない」――そんな不安が、現実味を帯びていきました。

帰国できない罪悪感と、海外在住者の共通の覚悟

私たち姉妹も含め、海外在住者の間ではよくこんな言葉が交わされます。

「海外に住むということは、親の最期に立ち会えないかもしれない。その覚悟を持たなければならない」

頭では理解していても、実際にその現実に直面すると、とても受け入れられるものではありません。

友人の中には、親の危篤を知らされて急遽帰国したものの、間に合わずに最期に立ち会えなかった人もいました。コロナ禍では、葬儀も画面越しでしか参加できず、抱きしめることも見送ることもできなかった――そんな話を聞くたびに、私たちも心が締めつけられました。

コロナ禍で飛行機は飛ばず、帰国制限もあり、約2年間、母に直接会えない日々が続きました。遠くに住む私たちが抱いたのは罪悪感と「今すぐ何かあったら間に合わない」という焦燥感でした。

愛する故郷が「遠い場所」になった日

2021年末、ようやく帰国できたときのことは忘れられません。ワクチン証明や渡航前の陰性証明、到着後のPCR検査、そして最長2週間のホテル隔離――。

愛する故郷日本、そして母が暮らす実家は、以前のように「すぐに帰れる場所」ではなくなっていました。

さらに、海外から帰国する私たちは「ウイルスを持ち込む人」として、どこかよそ者のように扱われることもありました。母の健康を守りたい一方で、「万が一うつしたら」と考えると、帰省することすらためらう複雑な気持ちになりました。

コロナ渦は、“親の元気はいつまでも続くわけではない”という当たり前の事実と、“会いたいときに会えない”という現実を突きつけてきたのです。

これは海外でなくとも、日本中で多くの方が体験したことではないでしょうか?

コロナ渦は、こうした想像もできなかった出来事が自分たちに起こりうる事を教えてくれました。