人件費という意味では、平均年収約2000万円、生涯年収は9億円ともいわれる高給を得ていたのが運航乗務員(パイロット)である。聖域扱いされていた彼らの職域にもついにリストラの手が伸びた。これまでJAL機長組合では、経営の詳細を組合に説明しない経営陣の安易な姿勢を批判。昨年末頃まで、人件費カットに強硬に反対してきた経緯がある。

だが今回の大幅な賃金カットを含む人事賃金施策には、強硬にこれに反対すると思いきや、一転してこれを受け入れる方針を取っている。「我々は比較的冷静に受け止めていますし、現時点では退職勧告されることもありません」と組合員の一人である現役機長は淡々と語る。

導入される新人事賃金制度に関しても、「あくまでも二次破綻は避けたい。会社が黒字を出せる体質に変わっていけるよう組合として協力していきたい」としつつも、「賃金削減案には、最先端の現場にいる我々としては、全く運航に支障をきたさないとはいえない」と不満も漏らす。

かつて、彼らには「我々がいないと航空会社は存立しえない」という特権意識があった。しかし、今、その声には迫力がなくなってきている。

飛行機の小型化も進み、12路線で機材変更を予定。写真奥のB747-400から、より小型のB777やB767へ変更する。

飛行機の小型化も進み、12路線で機材変更を予定。写真奥のB747-400から、より小型のB777やB767へ変更する。

「3、4年前から事態は大きく変わりました。不況でパイロットが供給過多になっていて、年収を下げても容易に転職ができる状態ではなくなっています」と語るのは、今年10月に退役が予定されている旧ジャンボ機B747-400の航空免許(ライセンス)を持つ50代の機長Eさん。5月末で退職予定だったが、一斉退職で運航に支障が出る可能性が浮上したため、9月末まで勤務が延長された。

パイロットは運航する航空機の機種によって、航空免許を取らねばならない。この機長の場合、新たに導入されるB767で飛ぶには、新たに訓練を受け、シミュレーターで試験をしてライセンスを得なければならない。定年までわずかな期間を残すEさんは、今年夏に前倒しで予定されているジャンボ機の退役が、「潮時」と判断したようだ。同じ理由で、50代の多くが会社を去ることになったという。若手パイロットはすでに小型機の訓練に投入されている。

「でも、辞めることを決めたらほっとした自分がいた。今まで、凄いストレスの中で仕事していたんだなと思います」

そう語るEさんは今後、再就職などは考えていないという。

「何かほかの仕事ができるわけではないし、何をしていいかもわかりません……」

その傍らで、「40代はそう簡単に辞めるわけにはいかない」と残ることを決めた別の機長がため息をつく。

新規参入航空会社の資料によると、現在、世界の空を飛ぶ場合、1時間の移動距離で運賃は平均5000円という。ところがJALをはじめとする日本の大手航空会社は、1万5000円。アジアのローコスト・キャリア(LCC)では、クアラルンプール/シンガポール間が2700円となっている。こうした「航空運賃のデフレ化」が進むなかで、コスト削減に協力するとはいえ、「好待遇」を甘受し続けたJALの機長は、やはり「絶滅危惧人種」に属すると言わざるをえない。

日本の新規参入航空会社の一座席あたりの運賃コストは、キロあたり9.4円。これに対して、JALなどの日本の大手は、13~14円。ライアン・エアをはじめとする欧米のLCCでは、6~7円。エア・アジアなどアジアのLCCでは、3~4円という数字がある。

「今回の再生計画では国際線、国内線合わせて、座席供給ベースで30%ぐらいのパイロットがカットされる。それだけ路線と便数が少なくなるわけです」と、組合は危機感を募らせる。

機長一人一人と話す限りでは、特に違和感はない。だが、すでに、航空路線が2地点間の単なる移動にすぎなくなった「空のデフレ時代」に、特権意識を振りかざしていた彼らは世間知らずに見える。自らの職業を「聖域」化した機長たちの判断ミスも、JALという会社の墜落を招く原因となったのではないか。

破綻してからでさえ、「新人パイロットが健康診断の際、フライトもしていないのにハイヤーで研修施設から寮まで送迎されていた」と語る社員もおり、いまだ危機感が欠如している感は否めない。

(小倉和徳、宇佐見利明=撮影)