銭湯や入浴施設でも頻繁に起こる
しかし、検視において風呂溺は油断できません。風呂での病変を偽装した殺人事件も時折発生しています。また、少し前の話になりますが、ガス湯沸器の不正改造による死亡事故(一酸化炭素中毒死)が多発し、事業者らが業務上過失致死傷罪に問われるなど、社会問題になったこともありました。
このような事件を受けて、検視では風呂釜が屋外に設置されているか(外釜)、浴室内に設置されているか(内釜)、内釜の場合の換気などはどうなっているのかを必ず確認するようになりました。遺体が、社会に起きている重大な変化や異常を、死をもって訴えかけることもあるのです。
また、風呂溺では死因が複雑になることも多いのです。若い女性がインターネットで知り合った男性宅で亡くなっていた風呂溺で、状況から入浴前に飲酒し、オーバードーズ(薬の多量服用)もあり、身体にリストカット痕跡もあり、持病もありというケースがありましたが、こうなると、事件か溺死・溺水か自殺か病死かの推定がより複雑となり、薬物の影響も考慮すると死因は解剖しなければわかりません。他にも、アルコールを摂取した後に風呂場で滑って頭を打って浴槽内に浮いているとか、認知症などで洋服を着たまま風呂に入り亡くなっているなどのケースもあります。
銭湯などの入浴施設やビジネスホテルなどの宿泊施設でも、風呂溺は頻繁に起こります。入浴施設では、多くの人が周りにいても突然大浴場に人が浮いているのです。
一人暮らしで発見が遅れると悲惨な状態になることも
さらには、一人暮らしの自宅で風呂溺の発見が遅れると、浴槽内で遺体が腐敗してしまったり、追い焚きの自動停止機能がない昔の風呂釜で遺体が煮立ってしまったり、悲惨な状態になることもあります。
そこまでには至らなくとも、時間が経過すれば浴槽の水も、体の脂などが浮いて赤黒く変色していたり、冬季であればとてつもなく冷え切っていたりすることもあります。昔の日本家屋にあるような深い浴槽だと、そのような水の中から遺体を引っ張り出すだけでも一苦労です。壁側の浴槽の縁に立ち、アクロバティックな動作で澱んだ水の中に腕を入れて遺体を傷めないように引っ張り上げ、浴室に敷いたグレーシートの上に寝かせるだけでも、何人もの警察官が相当な労力を要する過酷な作業となります。

