花婿が腰元と心中、母は改めて小泉家に嫁した

チエの最初の結婚の時期は、『列士録』で知ることができる。塩見増右衛門、嘉永3年(1850)の条に、「二月十六日娘婚姻相整付而以御使酒井慧太郎御肴一折金三百疋被下之」と記されているからである。

一方、小泉家の戸籍謄本に見る「増右衛門長女」のチエは、「天保八年(一八三七)三月二十一日生」であるから、チエは満13歳になる前に、一度花嫁衣装をまとったわけである。これは、それから1年余り経た、数え15の年に小泉家に嫁したと(セツと小泉八雲の長男である)一雄が書いているのと、年齢の点で一致する。

小泉セツの実母・小泉チエ氏
提供=小泉家
小泉セツの実母・小泉チエ、1908年

山川菊栄が『武家の女性』で説明している武家の嫁入り──それは、花嫁が子供であればあるほど理想的であった──の実態を示す一例であろう。婚礼の夜の花婿の心中事件については、その時を知り得るだけであって、関係するセツの原稿はなく、本文は、一方的に一雄の記述に拠った。