実家の商売を手伝いつつ、戯作執筆に励む
それにしても京伝の遊郭通いを堅実な父は反対しなかったのでしょうか。それが父・伝左衛門は反対しなかったようなのです。伝左衛門は温和な性格であり、子供にも甘く、息子・京伝の廓通いに干渉しなかったのでした。「39歳に至るまで京伝は米穀の値を知らず」という話が伝わっているように(京伝の家は商家であるので本当はそのようなことはないでしょうが)、京伝の両親が息子を好きなようにさせていたことを窺わせます。
京伝は家にいる時はその2階に引きこもって創作に励んでいました。実家の店の経営は父が差配し、息子は煙草入れや煙管のデザインを工夫するのみだったと言います。父が長く家主の立場にあり、店の経営が安定していたこともあり、京伝は生活のためにあくせく働く必要がなかったのです。よって京伝は父が生きている間は、創作に注力することができたのです。
京伝は執筆活動は必ず夜にしていたとのこと。深夜も執筆していたこともあり、京伝が起き出すのは日が傾く頃でした。ある人は京伝のこの習慣を諫めたようです。「朝に太陽の光を受けず、深夜まで起きているのは養生のために良くない」と。が、京伝の深夜の執筆スタイルは変わることはなかったとか。
ここから先は無料会員限定です。
無料会員登録で今すぐ全文が読めます。
プレジデントオンライン無料会員の4つの特典
- 30秒で世の中の話題と動きがチェックできる限定メルマガ配信
- 約5万本の無料会員記事が閲覧可能
- 記事を印刷して資料やアーカイブとして利用可能
- 記事をブックマーク可能
