その根本的な原因は、日本の表現規制論争が20世紀的な「国家権力 vs 表現の自由」という対立図式から脱却できていないことにある。
日本では長年、表現規制といえば各都道府県の青少年保護条例による有害図書指定など、行政主導の規制が議論の中心だった。公権力が、道徳的観点から特定の作品を規制対象としたり、それに対してクリエイターや愛好者が「検閲反対」を叫ぶという分かりやすい構図である。
この構図では、敵味方が明確だ。規制を推進する政治家、官僚、PTA、道徳団体が「悪役」として存在し、それに対抗する市民やクリエイターが「正義」となる。メディアも「権力の監視」という建前で、こうした対立をわかりやすく報じることができた。
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