過去は現在も未来も保証しない

そんなわけで、田久保眞紀市長が大学を卒業したのかしなかったのかで揉めている、という話を聞いたときの私の感想は、「なぜ、そんなどうでもいい、くだらないことで嘘をつかねばならないのか」であった。いまでもくだらないと思っている。

「学歴」はその名の示す通り、「歴史」であり「過去」である。過去は現在を保証しないし、未来についてはさらに保証しない。大谷翔平を評価するのに必要なのは、「いま、ここ」のバッティング能力やピッチング能力であり、彼がどの野球部に所属していたか、ではない。また、大谷翔平と同じ野球部に所属していた人物が大谷レベルのプレーをできるわけでもない。私が履歴書の「学歴」に無関心なのもそのためだ。

盗塁をうかがうロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手
盗塁をうかがうロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手(写真=All-Pro Reels/UCinternational/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

「いま、ここ」の目の前にいる人物の有り様だけが私の関心事だ。もっとも、私にはさして人を見る目もないので、優秀な人物を常に採用し続けているわけではない。とはいえ、「学歴」を学んだからといってその人物考査能力が高まるとも思えない。