取引や交渉の場で焦点を絞ることは、通常はよい結果を生むが、いつもそうとはかぎらない。焦点を絞りすぎて、大切な情報や手がかりを見落とし、大きなチャンスを逃してしまう可能性もあることを忘れずに。

記憶にないことについて、誰か(どちらかというと無視できない人物)から、君はすでにそれを見ているはずだとか、聞いているはずだと言われたことはないだろうか。「それはもう君に言ったはずだ」と誰かが苛立たしげに叫ぶとき、あなたはその人物がまちがっていると思うだろうか。それとも、その情報を示されたとき、それを見過ごしたのかもしれないと思うだろうか。調査が示すところでは、あなたがその情報を見過ごした可能性が高いようだ。

テキサス大学のデイヴィッド・シュケイドとプリンストン大学のダニエル・カーネマンは、人間には手に入る有意な情報の一部だけに注目して、その情報を過大視し他の情報を過小視する傾向があるとして、これを「焦点を絞ることの錯覚(focusing illusion)」と名づけた。一例を挙げると、これら2人の研究者が行った調査で、調査参加者の生活の満足度は彼らがどの地域に住んでいるかにはあまり左右されないことがわかった。ところが、参加者に自分とは別の地域に住む自分と同じような人間の生活満足度を評価させたところ、カリフォルニアの住人のほうが中西部の住人より満足しているという評価結果が出た。つまり、調査参加者は生活環境(この場合は気候)面での自分との明白な違いに焦点を絞って、生活の他の要素の重要性を見過ごしたのである。

焦点を絞る能力は、生活の多くの分野における成功を手助けしてくれる。しかし、絞りすぎると、周囲の非常に明白かつ重要な手がかりに気づかず、高い代償を払う羽目になることがある。交渉では狭すぎる焦点は大きな不利益を招きかねないのである。

狭い焦点がいかに視野を妨げるか

UCLAのクレイグ・フォックスとスタンフォード大学の故エイモス・トベルスキーは、次のような方法で、広い焦点(あるいは狭い焦点)が、人間の判断にどの程度影響するかを調査した。2人はスポーツ・ファンを集めて、1995年のNBAチャンピオンシップ・シリーズで最終8チームのうちどこが優勝するかを予想させた。調査参加者の一部には、8つのチームのそれぞれについて優勝の確率を予想させた。残りの参加者の一部には、セントラル、アトランティック、パシフィック、ミッドウエストの4ディビジョンのそれぞれについて、そこから優勝チームが出る確率を予想させた。残りの参加者には、イースタン・カンファレンス、ウエスタン・カンファレンスのそれぞれについて、そこから優勝チームが出る確率を予想させた。