初見資料を読み解く学生はプレゼン上手

東京大学の入試で、最近出題された日本史の近現代史のテーマは次の通りだ。「鹿鳴館時代と国民意識の発揚」「男女別労働者数の変化とその経済的背景」「江戸幕末期の新たな政権構想と明治憲法下の政治制度」――。

長年、駿台予備学校の講師を務める塚原哲也氏は東大の近現代史問題の特徴をこう語る。

「すべて論述式で、年号や人名の知識を問う空欄問題や正誤問題は出題されません。受験生が1問に費やせる時間はおよそ15分。初見の歴史資料やデータ、また、それらの説明文を手がかりに4~5行(約120~150字)以内で“立論”する形式が多いです。正直にいえば、僕でもその時間内に答案用紙に記述するのはちょっとしんどい場合がありますね」

他の国公立大学でも論述問題は出題されるが、それほどひねりはない。塚原氏の言葉を借りれば、「受験勉強の成果をそのまま発表する場」になりうる基本的な問いだ。しかし東大はそうはいかない。

受験生は歴史に関する常識や固定観念を激しく揺さぶられる。つまり、教科書とは異なる史実や未知の史実が平然と出される。

例えば、14年度の問題だ。1889年に発布された大日本帝国憲法に対し、民権派の新聞は「ああ憲法よ、汝すでに生まれたり。吾これを祝す」と述べた。東大の設問はこうだ。「同憲法は内容を公開の場で議論しない欽定憲法という形式。にもかかわらず、民権派が憲法発布を祝ったのはなぜか」。民権派なら、明治憲法に反対・批判してしかるべきなのに……と受験生は激しく動揺したに違いない。

塚原氏の解答例は、「大日本帝国憲法は権力分立を定め、人民の権利と自由を保障し、法律・予算案の審議にあたる公選制の衆議院を設けており、政府官僚の専断を抑制し、公議に基づく政治を実現させる展望が開けた」(約90字)となっている。要するに、政治的な立場が異なる民権派としては、当然、明治憲法の内容に不満はあるものの、「権力分立」「人民の権利と自由」といったヨーロッパの近代立憲君主制の基本は大日本帝国憲法でも踏まえられている。実は、天皇が統治権を持つ明治憲法にもデモクラシーのエッセンスが入っていた。だから、民権派は限定的であれ評価(祝)したのだ。

「正答するには、『そもそも憲法って何か』ということを深く理解していなくてはなりません。ただ単に大日本帝国憲法の概要を覚えるのではなく自分なりに噛み砕いて、説明できるレベルにまで上げる。そうすれば出題される応用問題に対しても、なんとか対処し、立論することができます」(塚原氏)

12年度も意表をつく問題が出た。戦後、中国からの復員・引き揚げ者のなかに軍人だけでなく「一般邦人」が多い理由は何か。日露戦争、満州事変、日中戦争などで占領地や植民地を獲得したのは受験生も知っているだろうが、領地や利権の獲得で現地に「市場」が生まれ、日本から輸出量が増加(綿織物など)し、商社マンや海運会社といった企業活動が活発になったことまで短時間で推測できるか。そこが、解答の鍵となる。※塚原氏による解答例は文末にて公開。