ロシアとウクライナの対立を複雑化させるウクライナ内の宗教間対立

ウクライナ戦争も、宗教対立の要素も多分に含んでいる。ウクライナとロシアの国教は同じキリスト教のグループ、正教会同士である。正教会は1国に1つの教団を置くことを原則にしている。

ソ連時代には共産主義による無神化が広がっていく。迫害にさらされたロシア正教会だが、ソ連崩壊後には蘇った。現在、ロシア人の7割強が入信していると言われ、事実上の国教となっている。プーチン大統領もロシア正教会の敬虔な信者である。

他方、ウクライナの宗教構造は複雑だ。大きく分けるとウクライナ正教およびカトリック教の勢力が強い。ウクライナにおける正教会は、ロシア正教会からの独立を目指してきた歴史があり、現在は3つに分裂している。

ウクライナ大使館によれば、ひとつはプーチン政権に近いロシア正教会モスクワ聖庁の権威を認めるウクライナ正教会。2つ目は、そこから独立し、ウクライナ政府を後ろ盾とするウクライナ正教会。さらに、ウクライナ独自のウクライナ自治独立正教会がある。両国の対立をより複雑なものにしている一側面として、ウクライナの中での宗教間対立がある。

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日本を含む多くの国家がアイデンティティ形成に宗教を利用

以上のように宗教と、国家のアイデンティティは密接に結びついている。宗教は、個人や集団のアイデンティティを形成するのに不可欠な要素だ。したがって、多くの国家が、アイデンティティ形成に宗教を利用してきた歴史があるのだ。

わが国の近代でも同様である。明治維新時、岩倉使節団が欧米の宗教視察を実施。キリスト教支配の国家構造を、取り入れようとし、結果的に国家神道体制がつくられた。これは、まさに国家が宗教的アイデンティティを利用した例であった。

ゆえに、ひとたび国家同士が対立し始めると、宗教は暴走を始める。多くの宗教は、自らの教えを絶対的真理と考える傾向があるため、対立構造の中では妥協を許さない。

普段は信者らに「寛容」を求める宗教が、一転して他の集団に対する「不寛容」の連鎖となって熱狂をつくる。そこに政治的指導者たちによる権力の保持や、富の獲得などの思惑も入り込み、人々は戦争を正当化しだす。

しかし、宗教そのものが戦争を引き起こすわけでは決してない。これまで述べてきたように、あくまでも領土や資源といった経済的利益の追求や、個々の権力者の欲望の実現、特定のイデオロギーをもつ集団の熱狂などが戦争の根源である。むしろ、宗教は戦争の口実として利用されてきたと言える。