なぜ親を探す社会調査を始めたのか

――アメリカでは、例えば人工妊娠中絶を認めるかどうかの問題は共和党と民主党の争点のひとつです。

日本では、ゆりかごの議論の際、人工妊娠中絶の問題は争点になりませんでした。もちろん、ゆりかごも政治の争点になりませんでした。ゆりかごに預け入れられる赤ちゃんがいるという厳しい現実への関心が低いのは、与党も野党も同じだと私は思います。

筆者撮影
慈恵病院の「こうのとりのゆりかご」。ベビーベッドに赤ちゃんを寝かせて扉を閉める仕組みになっている

――日本初の赤ちゃんポストとなった「こうのとりのゆりかご」では、運用開始に当たり、児童福祉法に基づいて、児童相談所がゆりかごに預け入れた親の身元を探す社会調査を実施する判断をしました。

これは熊本市が決めたものではありません。当時の状況を説明します。運用を開始する際、ゆりかごに預け入れられた赤ちゃんは児童相談所に一時保護されるというルールをつくりました。しかし、2007年当時、熊本市には熊本県の運営する熊本中央児童相談所しかありませんでした。

そのため、実際に預け入れられた赤ちゃんの一時保護やその後の乳児院への移管など、慈恵病院から赤ちゃんを受け渡されたあとの実務は熊本中央児相の管轄でした。私も県にお任せしていました。

端的に言えば、ゆりかごに預け入れられた赤ちゃんであっても、ほかの遺棄児のケースと同様に児童福祉法に則って社会調査をして親を探す、というルールをつくったのは熊本県です。でも、当時、そのことを決めるに当たっては、熊本県の担当者は大変悩まれたと聞いています。(*熊本市は2010年に熊本市児童相談所を設置)

親の匿名性を守るか、出自を知る権利を守るか

正直に言えば、慈恵病院に病院改築許可を出したあのとき、私自身、社会調査をするかどうかという点にまでは考えが及んでいませんでした。ただ、私も社会調査はしなくてはならないという考えでした。

今も、子どもにとって出自を知ることは大事だという思いはあります。探した結果わからなかったのは仕方がないとしても、最初から探さないのが果たしてよいことなのでしょうか。

――ゆりかごの運用を巡る検証報告書には、第1回から最新の第6回まで一貫して「匿名性は容認できない」と記されています。市長としての幸山さんも同じ考えだったのでしょうか。

矛盾するようですが、私はそうではありません。赤ちゃんポストの設置を許可するということは、匿名での預け入れを認めるという意味です。匿名性を認めないのであれば赤ちゃんポストの要件を満たさないことになります。ただ、だからといって、親の身元を探さないでいいのか。それよりも、できる限り親と接触して、相談につなげることが大事ではないかと考えていました。