「政治主導というより無責任ではないか」
――当時の地元紙の報道(熊本日日新聞、2007年2月23日朝刊)には、熊本市は文書での回答にこだわり、厚労省幹部は「今日、口頭で回答した内容の趣旨は変わらない」と発言したとあります。しかし、翌2月24日の朝刊では、安倍元首相の強い反発を紹介しました。
私たちは数カ月かけて隅々まで法律の検討を積み上げていました。生まれたばかりの赤ちゃんが殺害されたり遺棄されたりするのを防ぐことができればと考えたからです。ところが、突然、安倍首相が感想めいた発言をされました。それは現実を見ていない「あるべき論」だと私は思いました。
当時は行き過ぎた官僚主導に対して政治主導がもてはやされていた時期でしたが、これは間違った政治主導だと思いました。政治主導というよりも無責任であり、この問題について現状をわかっていないのではないかと受け止めました。ですので、そうした政治家の感情論に流されることはしないという気持ちが強くなりました。
国も政治家もゆりかごを無視し続けている
――2月24日付の熊本日日新聞には「『積極的にOKしたとか、いいことだとは言っていない。法令違反を理由に設置を止めることはできない、という意味だ』。横やりを受けた厚労省幹部はそう釈明する」と書かれています。また、3月8日付では「厚労省の定例会見で事務次官(*辻哲夫氏)が、「なぜ(熊本市)は文書にこだわるのか」と気色ばみ、自己判断を強く促した」とあります。
書かれているとおりです。当時は第一次安倍政権が始まって5カ月でした。まだ内閣府が官僚の人事権を握るようにはなっていません。今振り返れば、逆に、当時だったからこそ、国がゆりかごに対して距離をとるという程度ですんだのかもしれないとも思います。
第二次安倍政権下だったら、官邸の意向を忖度して官僚の側から「やっぱりだめだ」と言われて、私が認可することもできなかったかもしれません。
――その後から現在まで、ゆりかごに対する国の姿勢をどのように見ていますか。
ゆりかごが開設されてから退任する2014年まで、ゆりかご運用の報告のために毎年厚労省を訪ねていました。そのたびにゆりかごに関与してほしいと要望してきました。具体的には、検証部会に参加してほしい、議論に参加することが難しいなら、オブザーバーでもかまわないと提案しましたが、それは私が退任した後も現在まで実現していません。
しかも、2010年から2年半の民主党政権の間も変わりませんでした。せいぜい変わったことといえば、安倍政権の頃には面会対応したのは厚労省の局長か課長でしたが、民主党政権になってからは鳩山内閣の山井和則政務官と野田内閣の西村智奈美厚労副大臣が応対されたぐらいのことでしょうか。自民党とは異なり政治家が対応してはくれましたが、ゆりかごに対する基本的な姿勢は自民党と変わらなかったということです。