「老後4000万円」でも全く安心できないワケ 

いまの投資ブームの火付け役になったのは、「国民1人当たりの老後30年の生活資金が2000万円不足する」という、金融庁の試算結果でしょう。「老後2000万円問題」が、「将来に備えて資産形成に励まねば」と、日本人の危機感を煽ったのは間違いありません。さらに、ここ数年では円安、物価高などの影響もあって、「老後資金は4000万円必要」といった試算も出てきています。この金額は今後も増えていくでしょう。日本の老後資金問題の本質は、将来働く人の割合が減ることにあります。働く人の割合が減れば、当然提供されるモノやサービスは減るので、全員に行き渡ることは難しくなります。いわば、「椅子取りゲーム」のような状態です。みんながお金を貯めるほど、物価は上昇し、老後に必要な資金は増え続けます。

老後の生活を考える場合、社会保障が十分に手当てできるのかという問題もありますが、仮に社会保障費を賄えたとしても、今度はそれだけの需要を満たすモノやサービスを提供しなければならないわけです。その代表が福祉サービスです。需要拡大に合わせて、担い手となる医療従事者や介護従事者を増やす必要がありますが、その目途が立っていません。

例えば、介護人材は現在、約200万人いるのですが、需要予測によると、毎年3万人ずつ増やし、20年後には、約260万人にまで増加させなければならないと言われています。介護従事者は、労働条件が厳しいのに待遇が恵まれていないため、人手不足のいま、求人をしてもなかなか集まりません。しかも、日本の人口が減少する中で、国内の介護人材をさらに60万人も増やすのは、至難の業と言えるでしょう。

AIやロボットを活用する産官学連携プロジェクトなどで、介護人材不足をカバーしようとしていますが、それだけで労働集約型の介護サービスを維持できるとは思えません。

したがって、医療や介護の人材を確保できなければ、「投資によって4000万円貯めました。余生をのんびり過ごします」というストーリーは、「絵に描いた餅」にすぎないのです。私は拙著『きみのお金は誰のため』の中でも、「お金で解決できる問題はない」と説明しましたが、お金の向こう側に働き手がいなければ、お金を持っていても、何の意味もないわけです。

逃げ切れない50代が社会を変える方法とは

団塊世代以上の年齢の人たちは、充実した福祉サービスを受けられる「逃げ切り世代」とよく言われます。しかし、いま40〜50代の人たちは「このままでは逃げ切れない」ということがよくわかったのではないでしょうか。

では、逃げ切れない世代には何ができるのか。私が提示する解決策は、「将来のある若者にチャンスを与えること」です。つまり、未来の社会への投資です。日本の若者に、イノベーションを起こしてもらうのです。新しい産業を創出して海外に売る、生産性を高めて少ない人数でも社会が回るようにする以外に道はないでしょう。

例えば、日本の上場企業には、巨額の内部留保があります。上場企業は毎年、全体で1兆〜2兆円を増資などで調達していますが、23年度には自社株の買い戻しで10兆円以上を使っているとのことです。あり余る資金があるのだから、若者たちのチャレンジに、ぜひ活用してほしいと考えています。オープンイノベーションで社外のベンチャーと共同事業に取り組んだり、社内ベンチャーを立ち上げたりと、さまざまな投資の方法があるはずです。

一方で、若者には、金利が低いいま、資金を調達して新しいビジネスを生み出し、投資される側に回ってもらいたいと考えています。ところが、残念なことに、日本の若者には、挑戦しようという文化が希薄なようです。例えば、日本の大学生の就職先人気ランキングを見ると、大企業がズラリと並んでいます。「寄らば大樹」「他力本願」の志向が根強いのでしょう。それに対して、スタンフォード大学の学生が自分たちで「グーグル」をつくったように、米国の大学生には、「起業する」という選択肢も当たり前にあるわけです。

とりわけ、私が問題視しているのは、日本の教育システムです。実は、日本でも、高校では「金融教育」のカリキュラムが必修化されています。ところが、その中身が「絶望的」なのです。

先日、日本経済新聞にとりあげられていた「金融教育」の記事を見て、卒倒しそうになりました。進学校として全国的に有名な千葉の中高一貫校で、金融リテラシーを高めるために、「日本の未来を明るくする方法」として、大和証券が出張授業を行ったそうです。

しかし、なんとその授業は「米国に投資して金融資産を守りましょう」という他力本願的な内容でした。この学校は、「世界に通用する人材育成」をモットーとしています。そこで学ぶ生徒たちこそ、投資される側になって日本を引っ張っていってほしいのに、こんな授業が行われているのは「酷いブラックユーモア」でしかありません。

しかも、日本経済新聞が、その出張授業をいい事例であるかのように報じていたのです。「国民のマネーリテラシーを高めるべきマスメディアがこの有様では」と、私は暗澹たる気持ちになりました。このままでは、投資商品は売れるかもしれませんが、実体経済は成長しません。