「自分で考えて行動する子ども」を育てるために
誰も子どもを傷つけたいと思っているわけではありません。むしろその逆です。特に高学歴親は経済的に余裕のある場合が多いため、「溺愛」のあまり、良かれと思ってお金を費やしてしまいがちです。
アクシスに通う方のなかに、小さいうちから子どもにスノーボードを習わせている方がいました。関東に住んでいるのに、毎週末、岩手や新潟、長野に連れて行くといいます。ボードやウェアも驚くような値段のものを揃え、多額の交通費がかかるそうですが、家計に余裕があるのでできてしまう。2歳から幼児教室に行かせたり、英会話を習わせる家庭もあります。習い事を4つ5つしている小学生もざらにいる。「子どもがやりたいと言うので」と親御さんは言いますが、そもそも子どもは目新しいことをやりたがるものです。
ですが、睡眠や友達と遊ぶ時間を削ってまで習い事に塾にと奔走させるのは有効どころか、子どもの脳の発達に悪影響を及ぼします。身体と同じように脳にも育つべき順番があります。5歳くらいまでは「からだの脳」、すなわち寝る、起きる、食べる、身体を動かすなどの基本的な機能を司る部分を育てなければなりません。朝になれば目を覚まし、お腹が空いたら泣き、夜になったら自然と眠くなる。そんな「原始人」のような子どもを育てることがこの時期の親の最大の役割と言っても過言ではない。それなのに、睡眠を削って習い事に行かせて生活リズムを崩せば、脳の発達に深刻な影響をもたらしてしまいます。
早期教育はあくまで、子どもの“今”にピークを持ってくるだけ。子育ては長い目で見て、子どもを自立させることが目標です。このような親の「溺愛」に端を発する行動が「干渉」と「矛盾」を支え、三者がますます強固になります。すると失敗を恐れるあまり、徒競走でビリになったという1つの失敗だけでショックを受け、学校に行けなくなる子どもも出てくるのです。
高学歴親の中には、いつしか自分と子どもの境界線がわからなくなってしまった方も多くいらっしゃいます。子どもは自分ではないから、100%思い通りに育つことはあり得ません。さらに、親御さんが教育を受けていた時代とは社会や情勢も様変わりし、「高学歴で名の知れた大企業に入り、40年勤め上げて退職金をがっぽりもらうのが幸せ」という価値観は崩れ去ってしまいました。YouTuberではないですが、自分の目で変化を見極め、時代の波にうまく乗ってお金を生み出し、周りの人を楽しませ、幸せにできる能力のほうがよほど役に立つと思いませんか。
では、そんな「自分で考えて行動する子ども」を育てるにはどうすればいいのでしょう。アクシスでは、「ペアレンティングトレーニング」という親御さんへのワークショッププログラムを実施しています。子どもに直接何かを教えるのではなく、親に子育ての知識やスキルを身につけてもらうことで、子の行動や認知を変えていくやり方です。
何よりまず、親御さんに「家庭は一つの『社会』である」という意識を持ってもらいます。そして子に何らかの役割を持たせ、家庭というもっとも小さな社会の一員であると自覚させることを目指します。炊飯器をセットする、お皿を拭くなど、最初は簡単なことでいいのです。それができれば、子どもには「自分は家庭の中でとても重要な役割を担っているから、外に出ても同じことができるはずだ」と自信が芽生え、社会に出ることを恐れなくなります。
また、家庭は異なる年齢の人々で構成されているので、大人にはできて子どもにはできないことがいろいろあります。たとえばお金を稼ぐこと。だから子どもは大人にお願いして必要なお金を出してもらい、それに「ありがとう」と感謝する。できないことを表明し助けを求めることは、本物の社会でも必要になるスキルです。それを親子でしっかり共有できれば、子どもたちはたとえどんな世の中になっても自分で生きていくことができ、その能力は学歴とは比べものにならないほど大切だ、というのがペアレンティングトレーニングの趣旨なのです。
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本記事の全文、成田奈緒子氏による「間違いだらけの高学歴親」は、「文藝春秋」2024年2月号、および「文藝春秋 電子版」に掲載されています。