「DIYバイオ」の市場規模は拡大している

実験を行ったザイナーさんは米航空宇宙局(NASA)でゲノム編集研究に従事していたが、官僚主義や予算削減に嫌気がさしたことで退職。彼は政府や科学者が独占してきた科学、バイオテクノロジーを自分たちの手に取り戻すことを大義にしている。DIYバイオのキットを販売しながら、それを世に知らしめるために行ったのが世界初のゲノム編集の人体実験である。

写真=iStock.com/Bill Oxford
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彼のような「バイオハッカー」によるバイオハッキングの世界市場規模は、2021年に195億米ドルだったが、2030年には548億米ドルに達するという予測もある。誰もが、キッチンで料理をする感覚でバイオハッキングできる時代は、未来にではなく今ここにある。

オープンに実験を共有するバイオハッカーがいる一方で、バイオテロリストというレッテルを張られないように実験を隠して行うバイオハッカーもいる。米食品医薬品局(FDA)は、自己投与目的の遺伝子治療製品やDIY治療キットの販売は法に反すると表明しているが、技術の進歩にルールが後追いとなりがちで、それらのいたちごっこは延々と続く。

日本では、主に遺伝子組換え生物等の使用などを対象にした規制措置で、生物多様性への悪影響の未然防止等を図ることを目的としたカルタヘナ法(遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律)が2004年に施行されているが、少なくともこの人体実験当時はDIYバイオまで規制が及んでいない。新たにカバーすべき事象が発生した場合に、ルールを追いつかせるしかないが、未来の社会をどのようにデザインするかを熟議した上で世界が同意しない限り、単純に禁止するだけではルールは破られかねない。

「サルとヒトのキメラ」の研究は始まっている

あいにく、全世界が同じ方向に向かうこと自体容易ではない上に、2030年頃にはゲノム解析のコストが限りなくゼロに近づくという予測もある。ゲノムテクノロジーは、同意なき世界を横目に急速に成長し、様々な思惑や誰かの欲望を引き寄せる。規制が追いつかないこともさることながら、規制があったとしても全人類がそれを守る保証はない。

ヒト受精卵のゲノム編集については、国や時代に応じて容認の仕方や法律も変化を続けることだろう。全世界統一の適切なルールができあがり、全人類がそれを確実に守れなければ、ゲノム編集という強烈な技術を人類の幸福のためだけに使うことは机上の空論となる。今はまだ、ゲノム編集の安全性の課題は多く、予想しない場所の遺伝子を変えてしまうことなどへの改良の余地がある。

しかし、技術レベルが一定に達してから先の未来では、然るべきルールが機能しなければ、幸福のためだけのゲノム編集技術だと言い切れなくなる。そこまでの進化のプロセスは、人類に委ねられた未来の選択準備期間だ。ただ、その準備期間は、決して長くはない。そして、十全なルールづくりを待たずして、人類はすでにパンドラの箱を開けてしまっているとも言える。サルとヒトのキメラを誕生させる研究が、本格的に始まっているのだ。