先が見えている安全な設定で満たされ過ぎもダメ
では、次の場面ではどうでしょうか。
毎日同じメンバーと同じ作業の繰り返しをするとき、あなたはどちらの行動を選択しますか?
B:いつも通りの時間に起きて、いつも通りの食事をとっていつも通りの服を着て臨む
脳がやる気になるのは、Aの設定です。
Bは、変化が起こらないのでトラブルが起こらない安全な設定ですが、先が見えている安全な設定で満たされ過ぎると、自律神経の背側迷走神経系の働きにより、代謝率が下げられて、最低限の生命維持活動が優先されます。すると、食事や入浴など、基本的な日常の行動までも面倒くさく感じられたり、人に会うなどペースを乱されるような場面に遭遇するのを避けるようになります。
このやる気のなさは、仕事と日常生活で、100%安全な設定がつくられてしまったことが原因です。
つまり脳は、冒険し過ぎても安全過ぎてもやる気を失ってしまうのです。
この条件設定は、心理学の分野では、心理学者レフ・ヴィゴツキーによって提唱された「発達の最近接領域」、神経生理学の分野では、ステファン・W・ポージェスによって提唱された「ポリヴェーガル理論」が基になっています。
「もうちょっとでできそう」が脳のやる気を呼び起こす
面倒くさいと思っていた作業も、作業が進んで終わりが見えてくるとやる気になることがあります。作業をしていると、その作業で得られた感覚を元に動作が修正されていき、「だんだんわかってきた」という状態がつくられます。
未知の課題の中の、既知の割合が増えていき、それが50%になったところで、「もうちょっとでできそう」という課題設定になります。この「もうちょっとでできそう」という設定で、自分の脳をやる気にさせることができます。ですから、この設定を最初からつくればよいのです。
とは言っても、仕事上の課題は自分で決められることばかりではありません。これまでの経験が通用しない新規事業に取り組んだり、人事異動でまったくわからない分野の仕事をしなければならないこともあります。
反対に、毎日毎日、単純な作業を繰り返さなければならないこともあります。
私たちは、こうした社会の都合に合わせつつも、自分の脳がやる気になる設定をつくらなければならないわけです。
ここで質問です。
これまで自分をやる気にさせるのに、どんな方法を使ってきましたか?
自分にご褒美を設ける人もいるかもしれません。
ご褒美を用いるのは、ドーパミンが行動を強化する仕組みを使った方法です。ドーパミンが増えると、その行動は強化されて、またやるようになる。これを利用して、自分にご褒美をあげて、また作業するように仕向ける方法です。
実は、この方法では、脳はやる気になりません。
脳の中では、ご褒美が予告されたときにドーパミンが増えます。そして、ご褒美をもらえたときにはもうドーパミンは増えません。すると、「ご褒美を設ける」という行動が強化されてしまい、「終わったら何しようかなぁ」ということばかり考えるようになってしまいます。
やる気を出すのにご褒美が使えるのは、予想していなかった場合だけです。予告なしにご褒美をもらったときだけがやる気になり、あらかじめご褒美を設けた場合は、やる気を出すのに役に立たないのです。
本書では、ご褒美ではなく、もっと根本的に脳がやる気になる方法を用います。
脳には、自身をやる気にさせる仕組みが備わっているのです。
その仕組みとは、記憶の仕組みです。