野村克也や江夏豊も「ワシ」を使っていた

『FRIDAY』に掲載された写真の清原さんは、しばしば記者をにらみつけ、高級車で六本木や赤坂に夜遊びに出かけたり、様々な女性と付き合ったりと、「豪快」で「男らしい」イメージを振りまいていた。

清原選手に関しては、〈ワイ〉だけでなく、他の雑誌やスポーツ新聞では〈ワシ〉とした記事も多く見られた。〈ワイ〉〈ワシ〉はどちらも〈私〉が変化したものだが、清原選手が生まれ育った関西などで男性が使い、「男っぽさ」を強く感じさせる自称詞である。清原選手がどこまで本当に〈ワイ〉〈ワシ〉と言っていたかはよくわからない。TV番組などで自称詞が話題になり、〈ワイ〉や〈ワシ〉などは「言わない」と否定したこともあるという(*2)

しかし、記事の中には直接の発言の引用で〈ワシ〉と書いてあるものもあり、まったく使わなかったわけでもないようだ。プロ野球には昔から清原選手のような関西出身者が多く、野村克也さんや江夏豊さんなど、清原選手の前にも〈ワシ〉を使った人はしばしばいた。関西では今でも、少数ながら若い男性でも〈ワシ〉や〈ワイ〉を使う人はいる(*3)

清原選手の場合も実際に口にしたことはあるのだろうが、それがいかにもキャラクターにふさわしいと思われて、記事などで過剰に使われたのだろう。その結果、清原選手と言えば〈ワイ〉〈ワシ〉というイメージが定着してしまった。

(*2)舩川輝樹著『おうワイや! 清原和博番長日記―1997|05→2003|05』(講談社、2003)p.169
(*3)村中淑子「関西方言の自称詞・対称詞に関する覚え書き」(『現象と秩序』3 pp.69-80)では2015年7月に大阪・神戸の大学生を対象に行った調査の結果が掲載されているが、男子大学生15人のうち、2人がふだん友達と話す時に使う自称詞の一つとして〈ワシ〉を挙げており、ほかに〈ワイ〉〈ワテ〉も一人ずつが挙げている。

野球選手は「僕」を使うようになった

しかし、引退から十数年を経た今、清原さんが〈ワイ〉〈ワシ〉で話すことはない。

新聞などに登場するときも、もっぱら〈僕〉である。覚せい剤で逮捕されるという挫折を味わったこともあるが、現役時代こわもてと言われた容貌もぐっと柔らかく、ソフトになった。その間に、野球界も大きく変わっている。

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今回のWBCではチームの中心となったダルビッシュ投手や大谷選手が若手に積極的に声をかけ、率先して和気あいあいとした雰囲気作りに努めた。それがチームの結束を強め、優勝という成果にもつながった。優勝後の記者会見で、ダルビッシュ投手は「(前回優勝した2009年)当時も素晴らしいチームでしたけど、今はフィールド外で笑顔があふれていますし、仲良く、チームとして一致団結している感じがしています」と振り返った(*4)

ダルビッシュ投手は大会中に公開された動画(*5)で、野球界で口にされがちな「最近の若い子は根性がない」といった言葉について、「僕らの世代では最低でもそれは止めなアカンと思ってる」と発言し、年功序列の伝統を乗り越える必要性を強調している。

また大谷選手は、7歳年下の宮城大弥投手に「タメ口でこい」と声をかけ、その後宮城投手が「おはよう、翔平」とあいさつをすると、「いいね!」と親指を立てて答えたという(*6)。かつての野球界では考えられないことだ。清原さんの自称詞の変化。それは清原さん個人を超えて、時代の変化を映し出しているのではないだろうか。

(*4)朝日新聞2023年3月23日付
(*5)Baseball Channel by高木豊 【衝撃】ダルビッシュのW BC出場の裏には“大谷翔平からのLINEが…”永久保存版「変化球論」(9分30秒)
(*6)サンケイスポーツ2023年3月23付