かつては自身のことを「ワイ」「ワシ」「オレ」と呼ぶ男性がいたが、現在では「僕」と呼ぶ人がもっぱらになっている。歴史研究者で日本語教師の友田健太郎さんは「『ワシ』という一人称がトレードマークだった野球選手の清原和博さんも『僕』を使うようになっている。ここからは着実な時代の変化を読み取ることができる」という――。

※本稿は、友田健太郎『自称詞〈僕〉の歴史』(河出新書)の一部を再編集したものです。

自主トレーニングの調整状況について記者の質問に答えるオリックス・清原和博内野手(=2006年1月11日東京都港区三田)
写真=時事通信フォト
自主トレーニングの調整状況について記者の質問に答えるオリックス・清原和博内野手(=2006年1月11日東京都港区三田)

自称詞「ワイ」が定着していた清原和博

「僕がMVP(最高殊勲選手)をとったかどうかではなくて、日本の野球が世界に勝てるんだという。みんなが一つになって、本当に楽しい時間でした」

2023年3月22日(日本時間)に米マイアミで行われた「第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」決勝戦後の記者会見。日本代表の中心として活躍した大谷翔平選手は、優勝と自身のMVP獲得という、最高の形で締めくくった大会をこう振り返った。

大会を通じて、日本中に大谷選手の姿があふれ、まさに時代のヒーローとなった。そんな大谷選手が記者会見やインタビューなどで使う自称詞〈僕〉は、さわやかでりりしいイメージにぴったりはまっている。大谷選手だけではない。最高齢選手で「精神的支柱」とも言われたダルビッシュ有投手から若手選手たち、さらには栗山英樹監督まで、日本代表メンバーは公の場ではもっぱら自称詞〈僕〉を使った。

2023年現在、そのことに違和感を抱く人はまずいないだろう。しかし、考えてみれば、かつての野球界では、〈ワシ〉〈ワイ〉といったいかつい印象の自称詞が当然のように飛び交っていた。いつの間にか、そうした自称詞は使われなくなり、ビジネスマナーではNGのはずの〈僕〉が、公の場の「正解」のはずの〈私〉をも押しのけて、すっかり一般的になっているのである。考えてみれば不思議なことである。

「おう、ワイや。巨人の番長、清原和博や」。元プロ野球選手・清原和博さんを扱った雑誌記事の書き出しだ(*1)。大阪府岸和田市出身の清原さんの現役時代、雑誌『FRIDAY』では、自称詞〈ワイ〉で話す形で多くの記事が書かれ、一種の名物となっていた。もちろん書いたのは記者。清原選手が話したものでないことは読者には明らかだったが、監督批判や同僚選手の悪口など、言いたい放題の内容が清原選手の名を借りて書かれた。いかにも清原選手が言いそうだということだったのだろう。

(*1)舩川輝樹著『おうワイや! 清原和博番長日記―1997|05→2003|05』(講談社、2003)p.8